※降旗くんバースデー記念


※そのくせ欠片も祝ってません


※赤司達が吸血鬼なパロディです










何も知らない世界に放り出されたあの日、この赤い吸血鬼に拾われなければ、オレは一体どうなっていたんだろう。そう考えない日は無い。










育ての親に見捨てられ、一人で薄暗い森の中を宛ても無くさ迷った。どうして捨てられたのか、その理由も分からないまま、オレは泣きながらずっと歩き続けた。歩いて歩いて歩いて…そしてそのうち、獣に襲われて噛み殺されるか、衰弱して野垂れ死ぬかするんだろうと思っていた。







しかしその想像は大きく外れた。オレの前に姿を現したのは、獰猛な獣なんかでもなく、限界を超えた餓えでもなかった。



現れたのは、オレとあまり背丈も容姿も変わらない、黒いローブを纏った赤き吸血鬼だった。





「……君は?」





勿論オレは、初めは彼が吸血鬼だとは思ってもいなかった。この森に住んでいる人間なのだと思い込んで、こんな森の中で出会えたことによって得た安心感で、聞かれた質問に答えることも出来ないぐらいボロボロ泣いた。初対面なのにいきなり泣き顔を晒してしまうことに対する羞恥心なんて、この時のオレにはこれっぽっちも無かった。




言葉を発することも出来ずただ泣き続けるオレをしばらく眺めていた彼だったが、それも長く続かず、彼は突如オレの手を引いて歩き始めた。驚きを隠せないオレだったが、彼は釈明も何もしなかった。ただ黙々と、道無き道を突き進んでいっていた。そうしている内にオレは次第に落ち着きを取り戻していき、泣き止んでいた。前を見据えたままの彼に、いきなり泣いてしまったことに対する詫びと、自分の名前を名乗った。それでも彼は何も言わなかった。黙ってオレの手を引いて歩き続ける彼の背中は、何もかもを拒絶しているように思え、オレは徐々に口を閉ざしていった。







どこに連れて行かれるのか皆目見当もつかなかったけど、彼がオレの手を離してくれる気配なんて微塵も無かった。だからオレはそれに大人しく従い、共に歩き続けるしかなかった。…それに、逆らったところで、オレにはもう行く場所なんて存在しない。だったら、成り行きに任せてしまおうと考えたのだ。





「着いたよ」





どれだけ無言を保って歩いていたのだろう。久方振りに口を開いた彼は、そう言って足を止めて振り向いた。着いたってどこに? 疑問に思いながら顔を上げると、そこにあったのは――古びた洋館だった。





「行く場所が無いんだろ? だったらここに住めば良い。部屋は有り余ってるからね。住人は僕を含めて六人居るが、まぁ気にする必要は無い。あと、僕の名前は赤司征十郎。吸血鬼だが、君の血は吸わないと誓おう。何か質問は?」





洋館に案内されたという事実だけでも驚きを隠せないオレを後目に、赤司は矢継ぎ早に色々とまくし立てて最後に質問を促してきた。しかしその頃にはもうオレの脳が理解出来る範囲を越えてキャパオーバーを起こしていた。











え、なにこの洋館。ここが彼の…赤司の家? え、え、まさか赤司って凄い金持ちだったりしたの? でもその割にはこの洋館やたら古く見えるような…いやいやいや、その前に赤司、ここに住めば良いとか言わなかった? てか、え? 吸血鬼? なんだそれなんのことだよ。御伽噺の住人なんじゃないの吸血鬼なんて。オレの血は吸わないって…え、え、マジで吸血鬼? 冗談抜きで? あ、そういえば八重歯というにはちょっと鋭すぎる歯がある。もしかして、あれって牙だったりする? え、まさかのまさかで本当に吸血鬼なの? 世迷い言とかそんな類じゃなくてリアルな話なの…?












「………なにも、無いです」







聞きたいことは山のようにあった。だけどいつの間にか、オレはそう答えていた。ただ単に、尋ねる度胸が無かっただけなのかもしれないが。





そしてそれは、一人の人間と六人の吸血鬼。奇妙な共同生活が始まった瞬間だった。













「なんで赤司は、オレのこと拾ってくれたんだろう」
「さぁ〜? 赤ちんの考えなんておれには分かんねぇし」
「だよなぁ…」





吸血鬼達が活動を始めるのは深夜帯。この洋館に住まうようになって、オレの生活リズムも吸血鬼達に合わせて昼夜逆転。もう長いこと太陽を見ていないけど、特に寂しいとも思わないし、太陽に焦がれることも無くなっていた。






オレは、赤司と同じく吸血鬼でこの洋館に住んでいる紫原と一緒に月見をしながら紅茶を飲んでいた。目の前に置かれた綺麗なパウンドケーキは、黄瀬という吸血鬼が作ったものだ。血を吸うことで養分を得る吸血鬼と違い、オレは普通の人間。オレは食物から栄養を得る。だからいつも赤司か黄瀬が食事やお菓子を用意してくれる。どうやって材料を調達しているのか気になるけれど、聞いても教えてくれなかったからもう聞くことは諦めてる。








オレの話に耳を傾けながらパウンドケーキを頬張っている紫原は、前に聞いた話によると、元々は人間だったらしい。昔、偶然出会った赤司に魅せられ、吸血鬼になる道を選んだのだという。だからだろうか、紫原と赤司はすごく仲が良い。二人は大抵いつも一緒だ。唯一離れるのは、赤司か紫原か、どちらかが吸血行為に出掛ける時だ。赤司は決して自分の吸血行為の時は誰も…紫原ですらも連れていかなかったし、誰かが吸血行為に出掛ける時も絶対付き添わなかった。どうしてなのか、それは誰も知らない。






赤司が吸血行為に行ってる間、紫原は大体オレの話相手になってくれる。もしかしたら黄瀬が用意してくれるお菓子が目的なのかもしれないけど。でもまぁ、この広い洋館でポツンと一人で月を眺めているよりは、誰かが居てくれる方がマシだ。





この三人の他にも、青峰、緑間、黒子という名前の吸血鬼がいるが、青峰はいつもどこかに行っちゃってるし、緑間は変な奴すぎて苦手だし、黒子は影薄くて全然見つからないし…黄瀬はそんな黒子を探してるかオレのご飯を用意してくれてるかで話相手にはあんまりなってくれないし…だからオレの相手をしてくれるのは、専ら赤司と紫原だけだったりする。



てか、一緒に住んでるくせに纏まり無さ過ぎるだろコイツら。






「赤ちん、興味持たないことにはとことん無関心だからなー。それ考えると、旗ちんにはなんかしら興味を持ったってことなんじゃない?」
「でも、オレには全然心当たり無いんだよな…赤司を惹き付ける要素なんか、オレなんかにあるわけないよ」
「うんうん、それはおれも思うー」






オレの卑屈に、紫原はなんの疑問も持たずに同意した。おい、ここは慰めるところだろ! パウンドケーキ食ってないで慰めろよ!


…なーんて、紫原に言ったって無駄なことは短い付き合いながらよく分かってる。だからオレはそれきり何も言わず、冷め始めた紅茶を口に含んだ。





「その匂い…今日はダージリンか?」
「あ、赤司。おかえり」
「赤ちんおかえりー」





無言で紅茶の味と香りを味わっていると、音もなく、赤司が帰ってきた。オレが飲んでいた紅茶を見下ろし、かと思えば暗闇を振り返り「涼太、僕にも」と言った。勿論そこに黄瀬の姿は無い。しかし間もなく黄瀬がどこからか姿を現し、入れ立てらしい紅茶を恭しく差し出してきた。それを受け取りながら空いていた席に腰を下ろす赤司。そしてそれを一口飲み、「美味しい」と笑みを零した。




鮮麗なその動作一つ一つに、オレは目を奪われる。もう何度も見ている光景なのに、オレはいつまでも赤司のその美麗な仕草、動作に魅了されてしまう。





――吸血鬼には、人間には無い美しさが兼ね備えられているのだろうか。





「おかわりあるから遠慮せず言ってくださいッス」






吸血鬼らしからぬ、どこぞの執事のような燕尾服に身を包んだ黄瀬がそう言って人懐っこい笑みを浮かべた。いつもいつもどこからでも出てくる黄瀬だが、今日も今日とてどこから出て来たのか分からなかった。吸血鬼の所行はオレには全然理解出来ない。






「煎れるの上手くなったな、涼太」
「そりゃあ、毎日降旗っちのために心込めて煎れてるッスからね! ね、降旗っち」
「へっ!? あ…あぁ、うん、ありがと…」






いきなり話を振られたので反射的にお礼を言ってしまった。でも、そんな黄瀬には悪いけど、オレはこれがダージリンっていう紅茶だってのも今初めて知ったんだよ。ごめん黄瀬。でも確かに美味しいよ、うん。





「黄瀬ちんは何やらせてもそつなくこなすよねー」
「それほどでもないッスよー」
「ほら、降。手が止まってる。早く食べなきゃ、敦にケーキ全部取られるぞ」
「う、うん」





促され、自分の皿に分けられていたパウンドケーキを頬張った。途端に広がる仄かな甘みと柔らかな生地の弾力。うん、美味。紫原が「別に取らねぇしっ」って憤慨しているのが面白い。オレは思わず笑ってしまった。








赤司は勿論のこと…紫原も、黄瀬も、人間であるオレに凄く良くしてくれる。青峰も緑間も黒子も、オレには好意を持ってくれているように思う。吸血鬼にとっては餌でしかないであろうオレに…。








恵まれてるよな、オレって。森の中で捨てられた時は、死ぬことも覚悟していたのに。今は…何故だか吸血鬼達に囲まれて、何不自由なく暮らせている。それもこれも、あの時赤司がオレを見付けて、拾ってくれたからだ。








――どうしてオレを拾ってくれたの?







感謝しているのに、いつも頭の片隅に居座る疑問。しかしそれを、赤司本人にぶつけたことは無い。聞けないんだ、なんでだか分からないけど。なんだか、聞いちゃいけないような気がして。







紫原には何度となくぶつけた疑問。それを何故赤司本人にぶつけられないんだろう。自分の気持ちが分からない。分からないよ、赤司。





「降」
「っえ!?」





赤司に名を呼ばれ、揺れていた意識が浮上する。赤司が、紫原が、黄瀬が、オレを見ていた。





「どうした? 心此処に有らずって感じだったが」
「あ、や…なんでもない、よ」
「嘘をつくな。目が泳いでる」
「…ホントに、なんでもないから」






赤司に嘘は通じない。赤司の目はなんでもお見通しらしい。だから見抜かれる前に、オレは席を立った。紅茶もパウンドケーキもまだ残ってるけど、もう口をつける気にはならなかった。




立ち上がったオレに、赤司は不審な目を向ける。その目を見ないようにしながら「部屋に戻るよ」と一言告げて、そそくさとその場を後にした。赤司が後ろからオレの名を呼んでいたけれど、オレは振り向かなかった。














与えられた部屋に戻り、ベッドに身を投げ出す(他の部屋にもベッドがあるらしい。吸血鬼が棺桶で眠るっていうのは迷信らしい)。フカフカと柔らかい枕に顔を埋め、大きな溜め息を一つ吐いた。










今の生活に、不満があるわけじゃない。寧ろ以前とは比べ物にならないぐらい快適だと言っても良いだろう。同居人が吸血鬼である点を除けば、とても円満な時を過ごせているのだ。








でも――それでも、オレと赤司達の間には、どうしても埋められない溝がある。









それが、種族の違い。オレは人間で、赤司達は吸血鬼。いくら一緒に住んでて、仲良くなれたとしても、種族の壁は越えられない。いつまでもここで、ぬるま湯に浸っているわけにもいかない。





「(いつかは…ここを出て行かなくちゃいけない時がくる…)」






人間と吸血鬼じゃあ、生きている世界が違う。生きられる時間が違う。今日まで共に過ごした時間の中で、それを痛感するのは容易かった。










赤司がどうしてオレを拾ってくれたのか、その理由は気になるけれど…だけど、聞いたところで、きっと何も変わらない。聞いたところで、それはただの自己満足に終わる。ちゃんとした理由があったのだとしても、ただの気紛れだったのだとしても、オレを拾ってくれた事実はそのまま残る。なら、それを許容していればいい。吸血鬼の考えを理解するのは骨が折れる。






「降」
「うわああああ!!?」






突然一人しかいない部屋の中名を呼ばれ、オレはみっともない叫び声を上げて飛び上がった。バッと振り向くと、耳を押さえながら顔をしかめている赤司が居た。

え、なんでいるの? ていうか、いつの間に入ってきたの!?





「五月蠅いぞ降」
「いやいやいや! 驚くに決まってんじゃんか! せめて部屋入る前にノックぐらいしてよ!」
「女じゃあるまいし、そんな必要は無いだろう」





う…まぁ確かに…。





「それより…君は一体何を悩んでいる?」
「え…えっと…」
「言え」







有無を言わせない威圧感と鋭い眼光。オレが屈伏してしまう要素はそれだけで十分だった。





だって、たまに怖いんだよ赤司って! なんか知らないけど凄いオーラ向けてくる時あるんだって! 笑ってはいるけどその笑みも黒いし! 勘弁してよマジで!






「…あ、あのさ…」
「なんだい?」
「えっと…その〜…」
「………」
「うー……あの、えっと…」
「早く言え」
「ごめんなさい!!」






言い淀むオレに痺れを切らしたのか、赤司が低い声で叱咤してきた。反射的に謝るオレ。自分がヘタレなのは知ってたけど、ヘタレもここまで来ると病気だ。…いや、ヘタレがどうとか関係なく、赤司に逆らえるはずがないけども。




でも確かに…ここで言葉を濁していても、なんの解決にもならない。ならば意を決して、聞いてしまうしかない…。






「……赤司は、さ」
「なんだい?」
「なんで、オレを拾ってくれたのかなって…ずっと思ってて…」
「…そんな下らないことで悩んでたのか?」
「そ、そりゃあ、赤司にとっちゃどうでもいいことかもしれないけど…」






枕を強く抱き締めながら、オレはポツポツと言葉を紡ぐ。






「オレは…人間だからさ。なんの取り柄も無いし…赤司なんかに拾ってもらえるような要素なんか全然無いし…」
「不安だったというわけかい?」
「う、うん…」
「……そうだな。確かに僕は、君にその話をしていなかったな」







フッ…と表情を崩し、赤司はベッドの縁に腰掛けた。スプリングで赤司の身体が二三度揺れる。その振動はオレにも伝わり、座ったまま身体はゆらゆらと上下する。


緩慢な動作で足を組み、赤司はオレを見据える。赤と金、左右で色の違う瞳が、オレを射抜く。オレは視線を逸らすことも出来ず、応えるように赤司を見つめ返すばかりだ。





「君を拾った理由ね…端的に言えば、擁護心が働いたといったところだよ」
「……?」






ようごしん……ってなに? どういう意味? オレバカだから言葉の意味が分かんないよ赤司さん。



首を傾げるオレを無視し、赤司はまたつらつらと話し始める。






「初めて会った時、君は泣きじゃくっていたろう? 他人の…ましてや人間の涙なんて、何度も何度も見てきたはずなのに、降の涙を見た時、どうしても放っておけなくなったんだよ」
「………」
「放っておけなくなった。それと同時に、側に置いておきたいとも思った」
「……なんで?」






恐る恐る問うてみる。どうして赤司がそんな感情を抱いたのか、そう思ったのか、答えが早く聞きたかった。先を促すように、オレは一層真面目な顔で赤司を見た。



赤司が少しばかり開いていた距離を詰めてきた。シーツが若干乱れたが、そんなものは後で整えればいい。今、オレと赤司の間には、枕一つ分くらいの空白を残すのみとなっていた。





「どうしてそう思ったのか、僕にも最初は分からなかった。でも、君と住むようになって、君のことをどんどん知っていって…それでやっと、僕は気付いたんだ」




そこで赤司は言葉を切った。そして…今まで見たことのなかった優しい笑みをオレに向けて――言った。





「降、君が好きだ」
「…好き? 赤司が、オレを…?」
「あぁ。…なんだ? 信じられない?」
「……そういうわけじゃないよ。…嬉しいよ」
「その割には、困った顔をしてる」
「だって…」




オレは俯く。嬉しいって思ったのは、本心だ。赤司がオレみたいな奴を好きって言ってくれたのが、オレは堪らなく嬉しい。こう感じる辺り、オレも赤司が好きだったんだなーと、今更ながら自分の気持ちに気付いた。










――それ故に、葛藤がある。








「赤司。オレは人間だよ?」
「そうだな」
「赤司は、吸血鬼なんだよ?」
「そうだな」
「…結ばれるべきじゃないよ、オレと赤司は」






オレの言葉に、赤司は目を細める。





「何故だ?」
「赤司は吸血鬼で、不老不死。オレは人間で、寿命がある。一緒にいられないよ」
「…そうだな。それは、どうしようもない事実だ」
「だから――」
「なら、その事実を覆せばいい」






続く筈だった言葉は、赤司によって遮られた。オレは俯かせていた顔を上げ、また赤司を見つめた。赤司は、まるで猛獣と対峙したかのような緊迫した面持ちをしていた。




妙な不安が、オレの胸をつつく。一体どんな言葉が、あの口から飛び出してくるのだろうか。





「…降、君にその覚悟があるならの話だが」
「…なに?」
「僕の眷族にならないか?」
「けんぞく…?」
「そうだ。単刀直入で言うなら…吸血鬼に、ならないか?」







――吸血鬼になる。






そんなことが可能なのだろうか。そう考えた時、前例がいたことを思い出した。紫原だ。そうだ、紫原は確か、元々人間だったんだ。だが、赤司に出会い、赤司に魅せられ、赤司と同じ吸血鬼になる道を選んだんだ。





前例はあるのだから、人間から吸血鬼に生まれ変わることは可能なんだろう。…でも。





「そんな簡単になれるものなの?」





それは当然の疑念。紫原が、吸血鬼になったことは知ってる。でも紫原は、その方法を決して語ろうとはしなかった。それとなく聞き出そうと話を振っても、途端に不機嫌になってしまうものだから結局不明なままなのだ。




オレの疑問に、赤司はこう言った。






「簡単ではないな。降が吸血鬼になれるのか…それはさすがに、僕の目でも分からない」
「……方法は?」
「単純だ。吸血鬼の血を飲めばいい。飲んだ瞬間から、細胞が吸血鬼のそれに変化し始める。それに耐えられなければ、死ぬことになる」






死ぬ――その言葉に、背筋がゾクリと震えた。









確かに、手段は至極単純なものだ。だけど、リスクが高い。高すぎる。成功すれば、オレは晴れて吸血鬼になれる。しかし失敗すれば――待っているのは、死、だ。








吸血鬼になれるのか…赤司が分からないのならば、勿論オレにだって分からない。試してみない限りは、どうしたって分からない。










きっと、大抵の人はこんなことを聞かされてしまえば、躊躇うだろう。そして、断念するだろう。それが当然だと思う。誰だって、死ぬのは怖い。死ぬのは嫌だ。そう考えるのが普通だろう。実際オレだって、捨てられたあの日、死ぬことが怖かった。死ぬことが嫌だった。…だけど、どう足掻いても死んでしまうのだろうとも、思っていた。






だから――今更、死を覚悟する必要は無い。









「……いいよ」
「……本気で言っているのか?」





オレが出した答えに、赤司は訝るような視線を向けた。それは多分、オレの決断があまりに早すぎるが故なのだろう。下手すれば命を落としてしまうかもしれないのに、なんの逡巡も無しに結論を出したが故なのだろう。




でも、オレの決意は、揺るがない。






「本気だよ。赤司、オレを吸血鬼にして。そして…赤司と一緒に、生きさせて」
「…いいだろう。降、君の決意に敬意を表し、僕は君を吸血鬼の道へと誘おう」







オレの覚悟を読み取ったんだろう、赤司はそう言ってベッドに乗り上げてきた。残っていた距離を詰め、赤司はオレの目の前で膝立ちになった。





真摯な両の瞳がオレを見下ろす。オレはその双眼を見上げ、微笑みを向けた。






「降、君を愛している。だから、死ぬな。生き延び、僕と共に生きろ」
「うん、分かった。オレも…好きだよ、赤司」







それが――『人間だった』オレが、最後に赤司と交わした言葉だった。













赤司は膝立ちのまま、自身の左腕に牙を立て、そのまま食い込ませた。痛くないのかと慌てるオレの耳に、じゅる…という水音が届いた。どうやら自分の血を吸っているらしいと、オレはそこで理解した。





突き立てられた牙の隙間から深紅の血が零れる。それは赤司の腕を伝い、シーツに赤い斑点を作る。それを眺めているうち、オレの鼓動はどんどんと早くなっていく。あの血は、吸血鬼の血。人間の…オレの血とは、似て非なるものなんだ。








ズルッ…と、赤司は牙を抜いた。口元が赤く汚れている。血振りするように一度だけ腕を振った赤司は、素早くオレの頬を両手で固定した。そのまま近付いてくる赤司の顔――唇。






オレは少しだけ唇を開き、目を閉じた。そして、赤司の唇が、オレの唇を塞ぐように重なった。途端に流れ込んでくる錆臭い味。口内に留めていた、赤司の血液。










あ、そういえばオレファーストキスだ。ファーストキスが血の味って…とちょっと辟易したけど、その味に眉をしかめながらも、ゆっくりと――その血を、飲み込んだ。







「――…んぐぅぅ!!?」







途端に、身体の奥が大きく跳ねたような感覚が走る。しかしその次の瞬間には、それを覆すような激痛が、熱さが、全身を舐めた。







「あ、あああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」






喉が潰れてしまうのではないかというぐらいの絶叫を上げ、オレは身悶えた。痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――!!!!





今まで感じたことのない苦痛に、オレはそれを逃がそうとめちゃくちゃに暴れた。赤司はそんなオレを強く抱き締め、暴れるオレを押さえつけた。初めて抱かれた赤司の腕の中は、吸血鬼に似合わず暖かかった。――オレが覚えているのはここまでだ。記憶は、ここでプッツリと途絶えている。























次に目覚めた時――傷だらけになった赤い吸血鬼が、優しい眼差しでオレを見つめてくれていた。











世界の変貌
(おはよう、降。…いや、光樹)
(…おはよう、せいじゅ)






欠片も祝ってませんが降くん誕生日おめでとう記念小説です!(お前正気か) どうしようかなーって思案してた時、「誕生日だから吸血鬼にならせてあげる!」とか言ってる赤司様が思い浮かんだのでこうなりました(^q^)←


細かいこと言えば、降くんが吸血鬼になったのは十一月八日です。洋館にはカレンダーとかそういった類の物が何も無いので誰も知らないけど……ということにしといてもらえると有り難いかな!←← この設定だけで色々まだ話書けそうだが(紫原が吸血鬼になった話とか黄瀬と黒子の日常とか)、その辺はまた後日\(^^)/ つか、ちゃんと書き上がってよかった(ぉぃ)。


何はともあれ、降くん誕生日おめでとうなのだよー!!!



栞葉 朱那

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