※志摩勝&雪燐前提の勝&燐



※少々下品です











「なぁ、志摩のってデカイ?」





いきなりの爆弾発言に、勝呂は飲んでいたコーラを盛大に吹き出した。吹き出されたコーラが燐を、口内に残留したコーラが勝呂の呼吸器官を攻撃した。ゲホゲホと噎せる勝呂に「きったねぇよお前!」と罵声を浴びせる燐だったが、その原因を作ったのはお前だと勝呂は噎せながら思った。幸いコーラはテーブルを濡らすだけに止まり、燐にはかからなかったようだ。しかし今の勝呂にとってはそんなことどうでも良かった。





「なっ何言い出すんやお前は!」






ようやく呼吸が落ち着いた勝呂が真っ赤になりながら燐を叱責するが、燐はテーブルを拭きながらキョトンとするだけだった。





「だからぁ、志摩のチ」
「誰が名称言えゆうたぁぁぁぁ!」





何故か先程より詳しく反芻しようとした燐の口に、勝呂は自分が注文したチーズケーキを全力で突っ込むことで先に続くはずだった言葉を塞いだ。







説明が遅れたが、ここは夕方のファミリーレストラン、所謂ファミレスである。今日は珍しく燐と勝呂、二人でお出掛けなのだった。いつも勝呂の側近のように側に居る志摩と子猫丸の姿は無い。




その二人が居ない理由を挙げるならば、燐が勝呂を「ちょっと付き合って」と言って無理矢理連れ出したから、といったところか。…先の言葉を訂正しよう。これは『お出掛け』ではなく『拉致』だ。二人仲良くルンルン気分…とかいったものは一切無く、ただ一方的な連れ出しがあったのみである。勿論志摩も子猫丸も同行しようとしたのだが、燐がそれを拒んだのだ。






「勝呂と話したいことがあるから」





そう言って側近の二人を勝呂から離させたのである。最初勝呂はこの『拉致』の意味が分からず文句タラタラだったのだが、なんだかいつもより燐が真剣な面持ちであったから、勝呂がその口を閉ざすのは早かった。強引に引かれていた手が離されても、勝呂は逃げなかった。逃げてはいけないと判断したためだ。









話したいことがあると、燐は言っていた。しかも『勝呂と』と名指しまでして。志摩や子猫丸には聞かせられない内容なのか…その話の内容が愚痴であれ悩み事であれ、勝呂にはまるで見当が付かなかった。疑問が心に蟠ったまま、勝呂は燐が赴くままにファミレスまでやってきたのである。







その道中、燐は終始無言だった。勝呂が文句を言っても反応無し、理由を問い掛けても返答無しで、ずっと難しい顔で前を歩いていた。普通こうもシカトされ続けたら怒るのがセオリーだが、勝呂はそうならなかった。普段の燐では考えられない表情に、歩きながら話せる内容ではないのだという判断を下し、途中から話しかけることすらも止めた。ただ燐の歩調に合わせて、沈黙を守ることに徹した。良い奴だ、勝呂よ。







で、お互い飲み物と少し遅いオヤツということでデザートを注文した。それが運ばれてきて勝呂が頼んだコーラに口をつけた瞬間のあの発言だった。先程までのシリアスな空気も保ち続けた沈黙も、一瞬で無に帰した瞬間だった。







何が言いたいのかはあれだけでは分からないが、良い内容では無いのは嫌でも分かった。分かってしまい、勝呂はひどい頭痛を覚えた。






――着いて来るんやなかった。






勝呂は現在、とても後悔していた。





「あ、うめぇ」
「美味いちゃうわボケ!つか、お前は何が聞きたいんや」
「…勝呂はさぁ」






口内のチーズケーキを咀嚼して、燐は切り出した。





「志摩と付き合ってるじゃん?」
「……おん」






否定することではないので肯定で返す。志摩がうっかり口を滑らせたせいで、勝呂と志摩が付き合っていることは塾生全員が知っているのだ。





「で、志摩に抱かれてるんだよな?」
「なんっでお前がそないなことまで知ってるんや!」





勝呂は吠えた。いくらなんでも、そんなプライベートなことまで教えた覚えは無いのである。





「志摩が言ってた」




アイツ帰ったら殺す。勝呂は静かに心に誓った。





「で、オレと雪男が付き合ってんのは勝呂も知ってるだろ?」
「知ってるていうか…先生あからさまやったやんけ」
「そうか?」






塾の新人講師であり、燐の双子の弟である奥村雪男。彼の燐の溺愛っぷりは有名だ。というか勝呂の言う通りあからさまで、いっそ清々しいぐらいだ。独占欲の塊というか、燐以外見えていないのではないかと疑いたくなるぐらいの勢いだ。それを隠そうとしないのでまた性質が悪い。停止を知らない暴走列車のようである。そして何より恐ろしいのは、そんな雪男に文句一つ言わない燐だ。彼は雪男のアレが通常だと思っている。もう心底雪男に毒されている。二人の日常風景を思い出し、勝呂はげんなりとしてしまった。




「で、それがなんなんや? 最初に言うとった…アレの大きさと関係あるんか?」
「勝呂はさ、志摩に初めて入れられた時痛くなかった?」






聞き方になんの躊躇も無かった。直球である。恥ずかしげも無くさらりとそう言った燐の顔は、純粋な好奇心で満ち溢れていた。






それとは逆に、勝呂の表情には既に疲れが見えていた。薄々勘付いていたとはいえ、面と向かって、しかもこうも気軽に聞かれてしまうと精神的にクる。そして恐ろしいことに、これはまだ話の序盤なのである。






お互い同性同士で付き合っているとはいえ、そこまで腹を割って話せる程の親睦があるわけではない。ましてや互いの性事情を、しかも初夜の感想を暴露するなど以ての外だ。そんな義理はない。








――あの時帰っとれば良かった。






勝呂は現在、数十分前の自分をとても恨んでいた。





「なーなー勝呂―、どうなんだよー!」
「ううううるさいねん! 分かった、分かったさかいもうちょいボリューム下げぇ!」





なかなか答えない勝呂に痺れを切らしたのか、人目も憚らずバンバンとテーブルを叩く燐を勝呂はあわあわと制止した。もう一度言わせてもらうが、ここは夕方のファミレスなのだ。当然他の客だって居る。ただでさえ男二人、というのは周囲から浮きやすいのに、これ以上好奇の目に晒されるのはまっぴらごめんだった。





勝呂がちゃんと相手をしてくれるのが分かったのか、燐はパッと顔を綻ばせた。本当は騒いだことによる謝罪が欲しかったのだが、言ったところで無駄だろうと判断した勝呂は何も言わなかった。





「な、な、どうだった? 痛かった? 痛くなかった?」
「あー……俺は、そないには…」





最早逃げられないと悟り、観念して素直な感想を述べる。それに対して燐が「えー!」と驚愕の声を上げる。




「マジで!? オレあん時雪男に殺されるかと思ったのに! …あ、もしかして志摩が初めてじゃなかったとか?」
「アッホかぁ! あ、あないなことっ…」




まさかの言いように反論しようとした瞬間、呼び覚まされる記憶。それは紛れも無く、志摩に初めて抱かれた日の記憶だった。






初めての快楽。他人の指が性的に自分の身体を這うことによって齎される快楽は、今まで得てきたものとは比べ物にならない程だった。




初めての嬌声。今まで上げたことのない高い喘ぎ声が自分のものだとは到底思えなくて、とても恥ずかしかった。けれどなかなか自分で抑えられないのだから、性質が悪いと思った。




そして、初めて見た志摩の表情。いつものおちゃらけた感じではなくとても真摯で、しかし愛情と欲で滲んだ目は真っ直ぐ勝呂を見ていて。こんな顔も出来るのかとマジマジと見てしまったのだったか。






――坊、愛しとりますえ。






耳元で囁かれた言葉は妙に熱っぽい吐息で濡れていて、それがどうしようもなく勝呂の身体を疼かせた。そして――





「…あないなこと、志摩以外となんか、考えられんわ…」





そう答えた勝呂の頬も耳も、可哀想なぐらい真っ赤に染まっていた。きっと勝呂の羞恥心は既に限界値ではないのだろうか。




燐もそれは薄々気付いていたのだが、今更勝呂を解放する気は無かった。燐は己が抱いた疑問を解決するまで、とことん勝呂を追い詰めるつもりなのである。





「じゃあやっぱ志摩が初めてだったんだろ? なんで痛くなかったんだ?」
「そ、それは…」
「それは?」
「っ……」






燐が復唱すると、勝呂は気まずそうに視線を逸らした。そうしてしばらく「あー」だとか「うー」だとか呻いていたが、やがて決心がついたのか、小さな声で言った。





「……じ、自分で…慣らしとったん、や……後ろ…」
「うええええ?! 勝呂それマジ?!」
「やから声デカイっちゅーとんねん!!」





勝呂のまさかの告白に、燐は驚愕を隠しきれず大きな声を上げてガタリと椅子から立ち上がった。全く燐も反省しない。再び勝呂に叱責されてしまい、動揺を引きずったまま着席する。






周りの客達が二人を見てなにやらヒソヒソと言葉を交わしているが、燐はそんなものアウト・オブ・眼中のようで、身をズイっと乗り出して勝呂に質問攻めだ。





「後ろ慣らしてたってことは、最初から志摩に抱かれるつもりだったってことだよな!? つか慣らすってどうやってすんの!? それって自分で慣らせるモンなのか!?」
「一気に聞くなや! 答えられへんやろ!」
「あっとぉ、わりぃわりぃ」





勝呂に諭され、燐は一応椅子に腰を落ち着かせた。しかしウズウズとしていて全く落ち着きが無い。早く答えを聞きたくて仕方ないようである。これは適当なことを言って逃げられる雰囲気ではない。





――こうなったら自棄や。





勝呂は腹をくくり、順を追って説明していく。






「志摩に告白された時から、アイツは俺を抱きたい言うとった。俺はそんな知識全然無かったさかい、志摩に任せるんが得策や思てそれに同意した。けどやっぱ不安はあったさかい、色々自分で調べたんや。そしたら、初めはどうしても痛みを伴うモンやってどれにも書いとった。俺はそれが嫌やった。自分が痛いんが嫌なんやない。志摩に苦痛を与えてまうんが、嫌やってん」




やから、と勝呂は続ける。






「どうにか苦痛を減らせんかどうか調べとったら、予め後ろを慣らしとくんが一番やって書いとったんや。やから俺は、自分で…」






そこまで言って、勝呂の言葉は止まった。そして顔を真っ赤に染めてテーブルに突っ伏してしまった。思い出してしまったのだ、自分の痴態を。皆が寝静まった深夜を見計らい、風呂場で鏡に向き合って自らの秘部に指を這わせた自分の顔を。『志摩のため』と自らに言い聞かせ、あられもない姿を網膜に焼き付けてしまったことを。






腕で隠せていない耳が熟れた果実のように赤くなっている。自棄とはいえ語ってしまった自分の恥辱と、思い出してしまった自分の痴態で、もう『穴があったら入りたい』状態の勝呂。そしてそんな勝呂を見て、何故か燐も赤くなってしまっていた。どうやら朧気ではあるが、勝呂のしたことを想像してしまったらしい。





「す、スッゲェな…」
「ああぁクソ…なんで俺がこないな話せなあかんねん…」






未だ顔を上げない勝呂がくぐもった声でそう言った。どうやら自己嫌悪に陥ってしまっているらしい。






燐も未だ顔の赤みが引かず、それを誤魔化すかのように自らのオレンジジュースを一口飲んだ。





「で、でも、自分で慣らしただけでも痛みって無くなるモンなんだな。あ、もしかして志摩のってそんなにデカくなかったとか?」
「あー……や、そうでもない、で…」





言われて志摩のアレのサイズを思い浮かべ、また勝呂は情事中の志摩と自分を思い出して赤面した。





「そ、そういうお前は、どうやねんな。先生、優しゅうしてくれそうやないか」





羞恥を誤魔化す為にそう問い掛けながら、渇いた喉を潤すためにコーラを飲む勝呂。先程から言っているように、雪男の燐の溺愛っぷりは異常な程だ。きっと情事の際も、慎ましやかな愛情を持って愛撫を施してくれているのではないのかと、勝呂は思うのだ。




しかし燐は、初めての時雪男に殺されるかと思ったらしい。その理由は、どうやら勝呂が懸念していた初体験に付き物の痛みからなるものだと読んでいるのだが、しかし同時に疑問を抱いた。あんなにも燐を愛している雪男が、そう易々と燐を傷つけるような性交に及ぶのか、と。





「いやー雪男はさー」





ずっと放置していたチョコレートパフェをモグモグと咀嚼しながら、発言権が移された燐が話し始める。





「確かに優しいんだけどよー、我慢利かねぇ時あってさー。しつこくオレを苛めてたかと思ったら『もう我慢できない!』とか言ってぶっこんでくる時あんだよ。そこまで解れてないのにチ××突っ込むってどうよ? それでオレは毎回毎回痛い思いしてるっつーのにアイツあんま反省してねぇし。始めたんだったら最後まで責任もって解せっての。初めてん時もそれで大出血だぜ? デカチ×突っ込まれるオレの身にもなれっての。勝呂も思わねぇ?」
「まずお前は恥じっちゅーもんを知れ」





よくもまぁ物を食べながらそんな単語がさらさら言えるな、と勝呂はげんなりしながら思った。しかも全くもって知りたくなかった二人の性事情を語られてしまい、反応にも困っていたりする。というか、出来れば一生知りたくなかった。雪男はがっつくタイプなのか、とか……いやいや、そうじゃなくて。







しかしこれでは話が繋がらない。勝呂の初体験談と、痛みの回避方法、そして今の燐の普段の情交談とでは話の分類が違ってくる。二つは全く別次元の話ではないか。質問の意図が未だ見えてこず、勝呂は戸惑うばかりである。




「ちゅーか、先生のアレはそんなデカいんか?」
「…オレよりはデカい」






燐が明らかな落胆の色を見せた。兄として、弟よりも下半身のサイズが劣っているのがどうも悔しいらしい。双子とはいえ、燐には兄としての威厳もあったのだろう。下半身のサイズがその威厳の存亡に関わっていたようだ(少なくとも燐にとっては)。…まぁ弟に抱かれてる時点で、その威厳は儚く霧散してしまっていること必至だが。






「でも、さすがに何回もシてんだから、体が慣れてたっていいと思うんだよ。けど毎回オレ、痛い思いしてるし…これって雪男のチ××がデカすぎんのかオレに抱かれる素質が無いのかどっちだと思う?」
「正直どっちでもえぇわ」





というか、雪男が最後までしっかり解してやればその問題、ばっちり解決なのではないだろうか。勝呂はそう思ったのだが、すぐに思い直した。それが出来ないと分かっているから、燐はこうして勝呂に相談を持ちかけたのだ。大分遠回りすることになったが、燐の目的はそこにあったのだ。






つまり、情交の際、どうしたら痛みを軽減させられのか、ということだ。






――まぁ、それなら志摩のサイズ諸々の話はいらなかったように思うが。


今更それは言うまい。





「せやなぁ…やっぱ、いつまでも痛いまんまは嫌やろ? 先生が変わってくれんのやったら、自分でちょいちょい慣らすんが一番や思うで」
「慣らすかぁ………勝呂、やって」
「なんでやねん! 方法だけ教えたるから、自分でせい」
「ヤダよ! 怖いじゃん!」
「アホ、俺はそれをやったんじゃ。ついでに教えたる、怖いんは最初だけや」






燐が畏怖するのも分かる。今まで意図して触れることの無かった箇所に触れるのは確かに恐怖だ。勝呂も最初は、そうだった。






しかしここだけの話、その恐怖を上手く払拭した勝呂は、志摩と身体を重ね始めた今も週に一度は後ろを慣らしている。…実際問題、『慣らす』というのは都合の良い言い訳に過ぎず、ただ自慰行為の手段としているだけなのだ。志摩に徐々に開発されていってるせいか、後ろでも十分な快楽を拾えるようになってしまった。寧ろ、癖になってしまっていた。







『怖いのは最初だけ』――慣れてしまえば、後ろの気持ち良さに囚われてしまうと、そういう意味だ。無論そんなこと、口が裂けても言えないし、言わないのだけど。





「その最初が怖いんじゃんかー。自分で指突っ込むとか、悪魔より怖ぇよ」
「んじゃあもうキュウリでも突っ込んどけや」







駄々を捏ねる燐をとうとう勝呂は見放した。適当且つぞんざいに意外と酷な助言を施した勝呂は燐の「えーヤダよ!」という抗議の言葉も無視してチーズケーキに舌鼓を打った。





「キュウリよりゴボウがいい、細いし」
「そっちかい!」






勝呂の至福の一時は十秒ともたなかった。不満を抱くポイントが盛大にズレたコメントを寄越した燐に勝呂の鋭いツッコミが飛ぶ。太さがどうとかの問題じゃないだろうここは。「突っ込んどけ」という部分にツッコミを入れるシーンだろうここは。どうして別の野菜で妥協する方向に向かっていくのか。というかさっきまで尻込みしていたくせになんでそこは寛大なんだよ。





…と勝呂が矢継ぎ早に捲くし立てるが、関西人特有のツッコミペースに未だついていけない燐は首を傾げるのみだった。





「ゴボウでいいからさ、勝呂やってくれよ」
「良いわけあるかいっ! ちゅーか別に野菜使う必要無いねん、指でやりぃ指で!」
「だからやり方分からねぇし、怖いし」
「我が儘言うなや。やり方は教えたる言うとるやんけ」
「じゃあやってるとこ見せてくれよな!」
「なんでそうなるんや!」






まさかの提案に、勝呂は思わずフォークをチーズケーキに思いっきり突き刺してしまった。上手く一口サイズに切断された断片が皿を転がる。






「だって見せてもらった方が早いし、分かり易いじゃんか」
「なんっで俺がお前の為にそないなとこ見せなあかんねん!」
「良いじゃん、オレとお前の仲じゃん」
「どんな仲や、どんな!」






疲れた…勝呂は頭を抱えた。どうしてこうも話が噛み合わないのだろう。やはり燐がバカだからか。そうなのか。






燐に決して悪気は無いのだ。彼は本心から、そうしてもらうのが一番の良案だと思っている。実践派だと自称する燐は、座学よりも実践――体を行使した方が理解が早いのだ。勝呂にやり方をレクチャーされながら、それに倣って自分も…とするのが一番効率が良いのだと、彼は本気で信じている。






しかしその内容があまりにアブノーマル過ぎる。生真面目な勝呂からすれば、この提案はさながら死刑宣告だった。これを了承してしまえば、勝呂の中で何かが終わる。終わってしまう。それだけは、絶対に避けたい。






というか、そういうことを頼むことに対して燐には羞恥心は無いのだろうか。普通ならこんなこと頼まないし、提案すらもしないだろうに。…雪男の毒牙に侵されて、羞恥心をどこかに落としてきたのだろうか。





「な、ダメ? 勝呂」






小首を傾げ、燐が問う。その純粋な眼差しに、勝呂の心が僅かに揺れる。根本的に優しい勝呂は、こうして真っ直ぐに頼まれると基本的には断れない性質なのだ。





しかしここで頷いてしまっては、最早完全に燐のペースだ。それに嵌まってしまえば、自分で後ろを弄くる姿を否応無しに燐に晒さなければならない。それは考えられない程の羞恥となって勝呂を蝕むだろう。そもそもそんな姿を、志摩以外に見せるのは真っ平ごめんだった(いや、志摩にも見せたことは無いのだが)(見せる予定も、勿論無いのだが)。





一瞬だけ湧き上がった『見せたってもえぇかな…』という煩悩をぶんぶんと頭を振って振り払い、勝呂はその勢いのまま「あかん!」と強く否定した。






「ちぇー…分かったよ」






勝呂の強い否定にようやく諦めがついたのか、燐は渋々ながら引き下がった。それに一先ず安心した勝呂はフゥと息を吐き、先程切断された欠片を口に含んだ。結構な時間が経過しているというのに、喋りっぱなしだったせいでお互いのデザートはあまり減っていない。燐のパフェに至ってはアイスが殆ど溶けてしまい、とても残念な状態になってしまっている。燐は気にせず食べているが。





「じゃあせめてやり方は教えてくれよ。そうしたらオレ、一人でも頑張ってみっから」
「……やり方…」





そう言われ、勝呂は固まった。






そうだ。そうだった。実際見せるという事態は免れたが、結局のところやり方はレクチャーしなければならないのだ。教える、とは最初から豪語しているけれど、その方法を全く考えてはいなかった。






教え聞かせるか。方法を緻密に書き連ねるか。考えるといっても、これぐらいしか思い浮かばなかった。





「あー…なんかに書いたらえぇか?」






一番無難な方を提案してみる。そういうことを書き起こす、という行為にやはり恥ずかしさは拭えない。が、見られるよりは遥かにマシだと、勝呂はその羞恥心に蓋をすることにした。








しかしその提案に、燐は「う〜ん…」と難色を示す。






「そうしてもらえっと有り難いけど、無くしちまいそうなんだよなー」
「いやいや、無くされたら困るんやが」







記す内容が内容だ。もしそれを書いた紙を落として、第三者に拾われてあまつさえ内容を知られてしまうなど、考えただけでもおぞましい。加えて、それを拾ったのが知り合いで、筆跡で勝呂だと特定されてしまったりでもしたら、もう勝呂は生きていけない。





「じゃあ今教え聞かせんのは…」
「オレが覚えられると思うのかよ」
「全く思わん」






今教え聞かせたところで、燐の記憶力で全てを覚え、把握するのは不可能だろう。勝呂は分かっていた。提案したのは、まぁ一応だ。一応。








しかし、これで完全に手詰まりだ。実際にレクチャーするのも(勝呂の羞恥心の関係で)ダメ、何かに書くのも(燐のそそっかしさのせいで)ダメ、教え聞かせるのも(燐の記憶力の無さのせいで)ダメ、となってしまっては、他の方法が無い。何かないものか…と勝呂は頭を働かせるが、良案は浮かばない。というか、この三つ以外に人に教示する方法があるのなら是非とも教えて欲しいものだ。






「やっぱ勝呂が見せてくれた方が早いって」
「しばかれたいんかお前は」






振り出しに戻る。そして、埒が明かない。怒りなのか疲れなのか、こめかみがヒクヒクと痙攣しているのが分かる。…いや、きっと痙攣の要因の大半は怒りからだろう。優柔不断な燐に、勝呂の苛々もそろそろピークに達しそうだ。





勝呂が苛々しているのが分かったのか、しつこく頼むような真似は流石にしなかった。気まずそうに目を逸らして、燐はストローを齧っている。しかしそうしてしおらしくしていても、解決策が無いことに変わりは無い。






「は〜…しゃあない。背に腹は代えられんわ。書いたるから、無くさんようにせぇ。それしかないわ」
「け、けど…」
「けど、やないねん。お前が気をつけとったら、問題ないねんからな」






えぇか、絶対無くすなや。そう強く念を押して、勝呂は自分の鞄からルーズリーフとペンケースを取り出す。そしてその一枚にスラスラと文字を書き始めた。燐はまだ何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。勝呂の言うことはまさに正論であったから、反論のしようも無かったのだ。勝呂の言うとおり、燐が落とさぬように細心の注意を払えば良いのだから、もうこれ以上の方法を模索する必要も無いのである。








それからしばらく、二人の間に会話は無かった。勝呂は行程を事細かに書き記すことに余念が無いし、燐はそれを邪魔しないように、最早ただの液体物と化してしまったパフェを静かに片付けていたからだった。しかしそうしていてもなかなかに退屈だったので、燐は勝呂を観察することにした。






時折、勝呂が赤面して、それを誤魔化すように後頭部をガシガシと掻いていた。どうやら湧き上がる羞恥心を発散させようとしているらしい。燐は思う。この数十分のやり取りの中で、何度勝呂が照れる様を見ただろう。そうさせているのが自分のせいであったとしても、ずっと自分の中でカッコいい部類に入っていた勝呂の意外に可愛らしい一面を垣間見れたことが、燐は少し嬉しかったりする。抱く印象に変化が生じるのもそうなのだが、勝呂のそういった一挙一動から伝わってくる志摩への愛情が、なんだか暖かくていいな〜と思うのである。







勝呂はカッコいい。それは燐がずっと勝呂に抱いてきたイメージだ。行動力に長け、仲間意識が高くて、他人を思いやれる優しい心を持ってる。勝呂が祓魔師を目指す所以を、燐はあまりよくは把握していない。けれど、あの広くもしなやかな背中には、燐が思うよりも大きく、そして重いものを背負っているのだろう。普段の勝呂からそれを読み取るのはあまりに容易だ。彼が努力する理由は、その背負ったモノのためなのだから。






そういう柵(しがらみ)に囚われながらも、勝呂は志摩との愛を育んでいる。その志摩のために、勝呂は自ら体を開いたのだ。志摩を受け入れるために、志摩を愛しているが故に。醜態を晒すことも厭わず、羞恥心もプライドもかなぐり捨てて…ただ志摩のためだけに。








その事実が、燐を感嘆させる。燐だって心底雪男を愛しているけれど、そこまで飛躍した発想は浮かばなかった。ただ雪男に流されるままに愛を受け入れ、互いを支え合って、今を生きていた。思い起こしてみれば、完全に燐は雪男におんぶに抱っこの状態だった。勝呂たちのように持ちつ持たれつ、という関係では無かった。






甘えていたのだ、雪男に。知識があまりに足りなかった燐は、雪男の施しをただ受け入れていただけだ。勝呂のような行動力も持ち合わせていない燐は、自分で調べるよりも先に勝呂を頼ってしまった。ここにきてようやく、燐は勝呂に申し訳ないと思った。遅いけれど。反省するのがとてつもなく遅いけれど。








これが愛の差なのか…なんて考えて、燐は一人ほくそ笑んだ。






「オレ、勝呂なら抱いてもいいかも」
「はっ!?」







まさかの発言に動揺が走ったのか、勝呂の手の中のシャーペンの芯がパキリと乾いた音を立てて折れた。顔が赤く染まることはもう流石に無かったが、代わりに勝呂の表情を彩るのは驚愕と困惑の色だ。





「だって勝呂カッコいいだけじゃなくて可愛いしさ。オレ、勝呂なら抱ける自信ある。あ、別に逆でもいいけど」





逆…つまりは、勝呂に抱かれるのも悪くないと、そういうことだ。





燐は笑顔だ。眩しい程の、純粋な笑顔だ。それが所謂『浮気』と呼ばれる行いであるとは、どうやら考えていないらしい。






「ばっ…じょ、冗談も、大概にせぇよ…!」
 





俺は志摩しか興味無いねんからな! という究極の惚気で燐の発言をもみ消し、勝呂はそのままぶっきらぼうにルーズリーフを差し出した。燐は先の発言をスルーして「サンキュー」と言ってそれを受け取った。



びっしりと紙を埋め尽くす文字は綺麗で、レイアウトも見やすく、勝呂の性格と気遣いが窺える。所々色ペンで、重要なのだろう箇所に線も引かれているし、留意点も要所要所で書き込まれている。さっと目を通しただけでも見事な出来栄えだった。これをよくこの短時間で書き上げられたものだと燐は感謝と共に感嘆した。






「そこにも書いとるけど、ちゃんと風呂で体温めてからやるんやで。そうやないと上手いこといかんからな」
「おう!」
「もし分からんとこあったら聞きに来ぃ。教えたるさかい」
「分かった。勝呂、今日はありがとな!」
「もう二度と無いことを祈るわ」
「なんだよー、分かんねぇとこあったら聞きに来いっつったじゃん」
「こうやって拉致されるんは、っちゅー意味や」







出よか、と勝呂が溜め息混じりにそう言って鞄を持って立ち上がるのに倣い、燐も鞄を持って立ち上がった。勝呂がくれたルーズリーフをしっかり鞄に詰め込むことも忘れずに。





「紙持ったか?」
「おう、バッチリ!」






別々に会計を済ませ、店を出た。夕闇に支配され始めているアスファルトを踏み締めながら、途中まで方向が一緒の二人は並んで帰路を辿る。もうその半分を沈めている夕日を見据えて歩く勝呂を見上げて、燐は言った。





「なぁ勝呂」
「なんや?」
「志摩が飽きたら、オレに言えよ。いつでも相手にしてやるから」






この男は勝呂のあの惚気を聞いていなかったのだろうか。あんなにも堂々と、勝呂は言ったのに。『志摩以外に興味は無い』と、確かに言ったのに。それを理解していて尚、燐は言っているのだろうか。この男、どこまでバカなのだろう。





というか、仮に勝呂が燐に縋ってきたら、雪男はどうするつもりなのだろうか。まさかの放置?






「…アホか。そんなん、絶対無いわ」







…どうやら、考えるだけ杞憂のようだ。勝呂が志摩から離れるなど、絶対に有り得ないだろう。もしかしたら燐も、それを見透かした上でそんなことを言ったのかもしれない。







勝呂の頬が赤い。恥ずかしさからきたものなのか、ただ夕日に染められているだけなのか、燐は見破ることが出来なかった。




















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とめどない想
シド/御手紙

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