※本誌ネタバレにつき注意













ユニフォームを着て、先輩と一緒にコートに立つ日を夢想した回数は、最早両手では足りないほどの数になっている。






先輩の背番号7と、オレの背番号12。同じユニフォームに身を包んで、試合に出て、オレがパスしたボールを先輩がキャッチして、それでゴールを決める。そんなありふれた情景を、オレはずっとずっと夢見てきた。




だけど、それが決して叶うことのない夢だってことは、オレが一番よく分かってる。木吉先輩はもちろんのこと、同じ一年でも黒子や火神に比べたら、オレの実力なんて雀の涙。あんな緊張感と歓声に包まれた舞台に立てるはずがない。選ばれる資格すらもない。所詮オレはベンチ要員。試合に出てる選手達のサポートに回って、声援を送る。そうしている方が、身の丈に合ってるんだ。









でも…それでも…目を閉じて思い浮かべるのは、先輩と並んでコートに立ち、ボールを持って走り回り、ゴールを決める瞬間ばかり。叶わない夢を手放せないまま、オレは毎日を生きてきた。




「降旗の夢を叶えてやれないのは、俺のせいだな」




ある日の帰り道、ポロリと零してしまった夢物語。膝の故障が原因で、今年のWCが最後となる木吉先輩。望まない、不本意なリタイアが決定している先輩の前で、あまりに不躾なことを言ってしまったことに焦りを感じていたオレは、先輩が発した言葉に思わず身を固くした。





立ち止まり、二十センチ以上頭上にある木吉先輩の表情を仰ぎ見る。先輩は、微苦笑を浮かべながらオレを見てくれていた。申し訳無さそうに下げられた眉尻と、細められた目。それを見て、先輩が心の底から、自分を責めてしまっているんだと悟ってしまった。





「ち、違います! そんな、先輩のせいなんかじゃっ…」
「いいや、俺のせいだよ。降旗が公式戦に出れた時、俺はもうコートには立てないだろうからな」





慌てて弁明したが、それは却って逆効果だった。オレの否定は、余計に先輩を傷付ける結果になってしまった。本当に申し訳無さそうな顔で「ごめんな」と頭を撫でられてしまったら、オレは一体なんと言えばいいのか分からなくなってしまい、ただ俯くことしか出来なかった。








先輩に謝ってほしいわけじゃなかったのに。先輩を困らせたいわけじゃなかったのに。先輩が気にする必要なんてないのに。ただ、オレが勝手に夢を抱いていただけなのに。…いや、違う。これは『夢』なんかじゃない。『夢』という綺麗な言葉で包んだだけの、ただのオレの我が儘だ。







WCが、木吉先輩の最後の舞台。そこでオレが共にコートに立てるわけがない。自分の実力は自分がよく分かってる。強豪が多く集うあの会場のあのコートに、オレみたいにまだまだ実力も技量も乏しい奴が立つなんて…そんなの烏滸がましすぎる。そんなこと、百も承知だった。









なのに、オレは夢想した。訪れることのない未来を切望した。決して実現することのない光景をいつも思い描いていた。そしてあろうことか、それを不注意とはいえ、先輩自身にぶつけてしまった。









大好きなバスケが出来なくなってしまう先輩を支えたい…なんて、そんなのは詭弁だったんだ。結局オレは、自分のちっぽけな夢を先輩に押し付けてしまっただけだ。そのせいで悲しませてしまった。謝らせてしまった。責任を感じさせてしまった。





数分前の自分を殴り飛ばしたい衝動に駆られ、オレはギュッと拳を握り締めた。しかしその手は、伸ばされた先輩の手の平に包まれ開かされてしまった。




「降旗」




柔らかく名前を呼ばれ、オレは顔を上げる。先輩はもう、いつも通りの柔和な笑みに戻っていた。さっきまでの悲しげな表情の面影は、すでに無くなっていた。




「なに考えてたんだ?」
「……先輩を、傷付けちゃったなって…」
「バカだなぁ。別に傷付いちゃいないさ」
「嘘でしょうそんなの。気遣わないでください」
「オレよりも、降旗の方がよっぽど傷付いた顔してる」




オレの手の平を包んでいた手が離れ、そのまま頬に滑らされる。くすぐったいその感触に、オレはふるりと身を震わせる。先輩はそんなオレの様子にクスクスと笑いを零し、そして言った。





「降旗が俺と一緒にコートに立ちたいって思ってくれてたのは、すごく嬉しいさ。だから降旗が自分を責める必要なんか無いよ」
「でも…先輩だって、なにも悪くないのに…」





そう、先輩はなにも悪くない。先輩の足の怪我の悪化は、先輩が治療よりも今の誠凜でバスケすることを選んだ証拠なんだ。この誠凜メンバーで日本一を目指すことを志した証なんだ。どうしてそれを咎めることが出来るだろう。そんな権利、誰にもあるはずがない。







先輩が自分を責める必要も無い。先輩自身が決心したことなんだから。オレみたいな、確固たる決意も目標も持っていない奴がどうのこうの意見してはいけないものだ。





「俺が悪くないなら、降旗だって悪くないんじゃないか? 降旗はただ、夢を持ってくれていただけなんだから」
「…でも、」
「それにさ、降旗」





続けようとした言葉は、先輩の手に遮られた。遮った先、先輩が新たな言葉を紡いでいた。





「高校がダメなら、大学があるだろ?」
「………え?」





大学。




考えたこともなかったことを言われて、オレは目が点になったのが分かった。





「高校を卒業するまでに、俺は意地でもこの足を治す。で、先に大学に入って、降旗を待ってる。降旗が大学に入ってきた時、今度こそ同じユニフォームを着て、バスケしよう」
「先輩…」






掛けられた言葉は、あまりにも強引な提案だった。だけどオレにとっては喜びのあまり涙が零れるぐらい、嬉しいものだった。








この人が、高校を卒業してもオレを必要としてくれるなんて、信じられなかった。それもバスケ関連で。『無冠の五将』『鉄心の木吉』と呼ばれているこの人が、なんの取り柄も無いオレなんかと、バスケをしたいと思ってくれたなんて…これを喜ばなくて、なにを喜べっていうんだ。









ひっきりなしに零れ落ちる涙。拭っても拭っても止まらない。泣いてる場合じゃないのに。返事をしなくちゃ。オレも、その時までにもっと技術を磨いて、先輩の隣に立てるように頑張りますって、言わなきゃいけないのに。でも、言葉が出てこない。嗚咽で喉が引きつって、ただの単音にしかならない。言葉として形成されない。ホント、情けない…こんな道端で、子供みたいに泣きじゃくるなんて…。




「降旗、それは嬉し泣きって解釈でいいのか?」




当たり前じゃないですか。そう言いたいのに、震える唇は言葉を紡げない。仕方無く何度も首を振ることで肯定の意を示す。伝えたいたくさんの事を、それに全部全部詰め込んで。





先輩に抱き締められたのは、そのすぐ後。包み込まれるように抱き締められて、体全部に木吉先輩の体温。そして聞こえた「ありがとう」というお礼。それを聞いて、さらに緩む涙腺。オレは先輩の広い背中に手を回して、人目も憚らずに泣いた。先輩はオレが泣き止むまで、ずっと抱き締めてくれていた。オレの涙を、ずっと受け止めてくれていた。









オレの夢は、どうやら夢で終わらないらしい…そう確信出来て、より一層練習に励もうと気合いを入れていた。――それなのに。














「降旗君! 出番よ!」
「…え"!?」






最初は幻聴かと思った。だって今はWC真っ只中で、今日は準決勝戦で、相手はあのキセキの世代の黄瀬がいる海常高校で。…ほら、オレの出る幕なんかじゃないじゃんか。




でもそれは幻聴でもなんでもなく現実だった。グルグルと混乱状態に陥りながらもあれよあれよとユニフォームに着替えて、伊月先輩と交代して、オレはWCのコートに立ってしまった。






緊張のあまりにガチガチなオレを見かねてか、黒子が自分のデビュー戦の話をしてくれて、あまりに嘘っぽい内容でちょっと笑ってしまったけど、それでも緊張は全くほぐれなかった。渡されたボールをつく自分の手すらも他人のモノのようでしっくりこない。





「(ど、どうしよう…!)」





頭の中は真っ白。会場に響く声援が遠くに聞こえる。みんなを見渡しても全然実感が湧かない。どうしたらいいのか全然分からない。――そんな中で、木吉先輩と目が合った。






「(あ…)」





先輩だ。先輩が同じコートに居る。そのことを確認して…実感して…そうだ、今、オレの夢、叶っちゃったんだと思い至る。あんな恥ずかしい姿を見せてまで成された約束が果たされる前に、思わぬ形でオレの願いは実現してしまったんだ。








先輩は笑顔だった。いつもと同じ、試合前に見せるあの笑顔でオレをまっすぐ見つめてくれていた。そのまま、先輩は一度深く頷いた。そして口をパクパクと動かして、拳をオレに向けてくれた。




たったそれだけのことで、オレの緊張はあっという間に霧散して消えてしまった。不思議だ。黒子の言葉も火神の言葉も河原や福田の励ましも、オレの緊張を完全に取り除いてはくれなかったのに…やっぱ、木吉先輩はスゴい。魔法使いか何かなのだろうか…なんてバカげたこと考えられるくらいの余裕は、出て来た。









フゥー…と深く息を一つ吐く。大丈夫、怖がるな。オレは、やれることをやれば良いんだ。カントクの意図は分からないけど…オレがここに立っていることに、ちゃんとした意味と目的があるのなら。







オレはそれを、全うするまでだ。











――楽しんでこーぜ!










先輩が与えてくれた言葉を糧に、オレはボールを投げた。ずっと夢見てきた舞台の火蓋が今、切って落とされた。
















(神様、お願いします)
(このボールが…どうか、誠凛に勝利を齎しますように)






今週のジャンプを読んで、会社の待機室であるにも係わらず奇声を発した栞葉です。隣に座ってた後輩にガチで心配されたがそれどころじゃないんだよってなった。


いや…いやいやいやいやいや!!!!! これなんのご褒美なんですかありがとうございます藤巻先生一生貴方に付いて行きます澤井先生の次に神と崇めます!!!!! 今まで本誌の端っことかばっかりだった降くんにこんな風にスポットライトが当てられる日が来るとは思わなかったので俺はリアルに泣いた← その興奮を抑えきれずこうなった。シリアスなのは俺の頭が残念だからだよほっといて。



来週からのジャンプは正座して読まなきゃいけないな。つか今週のジャンプはこの話がコミックに収録されるまで保存ですねhshs







栞葉 朱那

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