殴り合いの喧嘩をしない兄弟だったな…と、過去を走馬灯のように振り返っていて、雪男はふとそんなことを思った。






サタンの青い炎を受け継いだ双子の兄・燐。降魔剣に封印しているとはいえ、潜在している力は一般の子供よりも秀でており、気性も決して穏やかとは言い難かった幼少期。喧嘩っ早く、何かあるとすぐに暴力に訴えていた燐は、頻繁に色んな人を傷付けてしまっていた。幼少の頃でさえ、同じ組の子供の鼻と腕の骨をその拳で折った。そんな燐を見た大人達は、燐を「悪魔のよう」だと称した。





成長するにつれ、燐が持つ力も比例して強大に育っていった。その力を持て余し、燐はいつも喧嘩に明け暮れていた。そんな燐を、誰もが「悪魔」と呼んだ。誰もが燐の力に恐れ慄き、燐を敬遠していった。







しかし、どれだけの力を得ようとも、それを雪男に向けたことは一度も無かった。どころか、燐は雪男のためにその拳を振るうことの方が明らかに多かった。幼い頃は体が弱くて泣き虫で、よくいじめられていた雪男。そんな雪男を助けてくれたのは、「悪魔」と呼ばれていた燐だった。





「弟守るのが、兄貴の役目じゃん」





燐はいつもそう言っていた。いじめっ子達と取っ組み合ったせいでボロボロで、砂と血と泥で薄汚れた姿は痛々しかったけれど、どんなヒーローよりもカッコ良く、雪男の目に映った。そんな燐が雪男は大好きだったし、憧れの対象でもあった。






だから、どんなに他人が燐を突き放そうとも、「悪魔」「化け物」と罵倒しようとも、雪男は決して燐を見限ることも見放すこともしなかった。義父であった獅郎から燐の『本当の姿』を明かされても、それは変わらなかった。





どころか、『自分が兄さんを守れるようになりたい』というのが、雪男のささやかな願いだった。








しかしその気持ちが、この春に一度だけ激しく揺らいだ。言わずもがな、その原因は燐の『覚醒』であった。










サタンの落胤の証である青い炎。とうとう降魔剣でも封じ込めておけなくなったそれが、燐の生活に多大な変化を齎した。そして、獅郎のために「決して抜くな」と言い聞かされた剣を抜いて――燐の姿は、悪魔のそれへと変貌してしまった。悪魔の力に、覚醒した瞬間だった。




もう、燐は人間じゃない。しかし、完全に悪魔となってしまったわけでもない。どっちつかずの曖昧な立場。けれど、もう「悪魔」「化け物」と銘打たれても反論なんか出来ない。反証の材料が無いからだ。――否、そもそも、反証の余地など元から無いのだ。燐にも…そして、雪男にも。







だが、たとえ曖昧な立場に居ようと、燐は悪魔の――サタンの炎を受け継いでいる。人を殺せる、人の命を簡単に奪えるそれは、人を恐怖に陥れる兵器なのだ。




こうなってしまっては、燐一人で生きていくのは至難の技だ。このままの現状で彼を見放せば、たちまち青い炎が燐の心を食い尽くしてしまうだろう。そうなれば、彼は完全な悪魔へと堕ちてしまう。それにサタンだって、燐を狙っているのだ。奴にとって、燐は物質界(アッシャー)に存在するための大切な寄り代なのだから。







その燐を守りたくて、幼少の頃から訓練を始め、十三歳で祓魔師となった雪男。強くなって、大好きな兄さんを守りたい――そのために、雪男は祓魔師になった。







燐を守る――掲げた大義名分を、ようやく行使する時がやってきたと…そう、思ったのに。






しかし、燐の覚醒に巻き込まれ、燐を庇い――守り、その命を落とした獅郎の存在が、雪男の心を深く傷付けた。最強だと信じ、心から憧憬の念を向けていた獅郎が、燐の覚醒に巻き込まれて死んだのだ。ショックだった。同時に、あれだけ守りたいと思っていた燐を、初めて憎いと思ってしまった。








――いっそ死んでくれ。









燐に純粋な憎悪を込めた言葉を吐いたのは、この時が初めてだったのではないだろうか。今まで雪男に拳を向けなかった燐に、雪男は呆気ないぐらいあっさりと、銃を向けた。その時燐が浮かべたあまりに悲痛な表情が、今も雪男の脳裏に焼きついて離れない。






分かっていた。燐に銃を向けたって、どうにもならないことぐらい。だけど、向けずにはいられなかった。誰にもぶつけられないこの悲愴感を、なにかで発散させたかったのだ。燐に抱いてしまった憎悪を、なにかで拭い去りたかったのだ。でも、そのために燐に銃を向けてしまった。あんなことを言ってしまった。きっと燐の方があまりの状況変化で混乱していたのだろうに…雪男は、そんな燐を気遣う余裕さえ、この時持ち合わせていなかった。






悲痛な面持ちのまま、燐も雪男に剣を向けた。しかしそれはただの挑発であったから、向けた意味は然程無かった。けれどそれは、雪男の動揺を誘うには十分な行いであった。燐に向けた銃口がブレて標準が定まらなくなってしまう程度には、効果があった。








燐が、雪男がそうなることを狙っていたのかは分からない。ただ自分の本心を分かってほしかった一心でそうしたのかもしれない。雪男が知らない真実は、当然ながら誰も知る由も無いのだ。









雪男は謝らなかった。燐も、このことを言及してくることは無かった。




けれど、雪男は思う。もしかしたらあれが、僕達兄弟が、初めて互いの拳(実際は銃と剣)を向けた兄弟喧嘩だったのではないか、と。






「雪男ー、飯出来たぞー」
「うん、分かった」




燐からの呼び掛けに、報告書の束を纏めてファイルに入れ、雪男は腰を上げた。燐と連れ立って食堂に行くと、テーブルの上には既に今日の夕飯が並べられていた。メニューはオムライスとサラダのようだ。雪男の分と思わしきオムライスには、ケチャップでなにやら描きこまれていた。しかしそれがなんなのか、雪男には判別出来なかった。ので、燐に直接聞いてみた。





「…兄さん、この点描はなに?」
「点描じゃねぇよ! ケチャップの出が悪かっただけだよ。それはお前」





断言され、雪男は呆れて反論する言葉も浮かばなかった。どれだけ出が悪かったらこんな点描もどきが出来上がるのだろうか、という疑念だけが雪男の脳内を駆け巡る。しかしそれ以上は何も言わなかった。言ったところで何も変わらないからだ。






いただきます、と二人で合掌し、早速オムライスにスプーンを入れた。程好く半熟にされた卵の隙間から覗くチキンライスとのコントラストが見事で、とても食欲をそそられた。そのまま一口含めば、それは期待通りに美味だった。





「うん、やっぱり兄さんが作ったオムライスは美味しいね」
「へへっ、まぁな」





雪男の賛辞に素直に照れ臭そうに笑った燐は、自らもオムライスを口に運んで「うめぇ!」と自画自賛して舌鼓を打った。ちなみに燐のオムライスにもケチャップアートが描かれているが、それがなんなのか、雪男には皆目見当もつかなかった。雪男の目にはアメーバーとしてしか認識されないが、それを追及して答えを提示されても受け入れられないだろうことは日の目を見るより明らかであったから、雪男は余計な詮索はしなかった。






料理が上手いのだから手先は器用なはずなのに…どうして芸術方面ではそれが発揮されないのだろうか。そういえば字も壊滅的な汚さだったか。雪男は甚だ疑問だったが、燐に聞いたって謎は解明されないだろうし、自分で考えたって納得出来る答えを導き出せない。だから早々に考察することを放棄した雪男は、燐が書いたケチャップアートをぐちゃぐちゃと混ぜ潰すことで無理矢理思考を平常に戻した。元からなんなのか分からなかったそれは、スプーンの腹によって容易く原型を喪失させた。









燐に手料理を振舞われるのは、最早日常の一部と化している。修道院に居た頃も度々その腕を揮ってくれていたが、今はその頻度が違う。雪男が食費を渡す代わりに、燐が料理を作る。これが二人で決めたルール。元はメフィストから与えられる小遣いが少ない燐への救済措置だったのだが、それをしっかり守っている燐は、毎日三食の食事を用意してくれる。弁当を含めて、だ。





胃袋を掴まれている、とはまさにこの事か。雪男は一人苦笑し、着々とオムライスを減らしていく。




食事の間、二人の間に飛び交うは他愛無い内容の話題ばかりだ。今日の授業の内容とか、高校の方であった出来事とか、塾の休み時間に塾生達と交わした会話とか…話題はさまざまだが、大抵話すのは燐の方だ。雪男は聞き手に回ることの方が多い。雪男は元々そこまで多弁じゃなく、話題を振ることは滅多に無い。ただ相槌を打って、時折口を挟んで、一緒に笑って。それだけだが、会話が途切れることは無い。







二人はこの現状のバランスになんの不満も持っていない。生まれたときからずっと一緒だったから、お互いのことはお互いに良く分かっている。雪男の口数が少ないのも、それを補うかのように燐が雄弁なのも、お互いを理解しているが故だ。





燐が話して、雪男が聞いて。



それでいいじゃないか、ということだ。





「ごちそうさま」





そうして話している間にオムライスを平らげた雪男は、自分の器を流しに持っていく。燐は絶えず話題を挙げて喋り続けていたせいか、まだ半分程残っている。




「えぇー雪男早くね!?」
「早くないよ。兄さんがずっと喋ってたからでしょ?」
「あ、そっか」





じゃあさっさと食っちまうから、と言ってオムライスを食べるペースを速めた燐を、雪男は食後のコーヒーを啜りながら待つ。





「喉に詰まらせないでよ」





と雪男が言うと、





「うるへー!」






と燐が抗議する。このやりとりももう何度も繰り返されているのだが、燐は未だ自分より早く食べ終わる雪男に驚く。そして雪男はそれを毎回律儀に訂正し、食事のペースを上げる燐にまるで保護者のような声を掛けるのだ。何度同じやり取りを繰り返しても同じやり取りに行き着く燐を、可愛いと思ってしまうのは愛するが故の欲目か。恋は盲目、とも言えるだろうか。






その後、雪男からやや遅れて食事を終えた燐と一緒に洗い物を片付ける。これも最早習慣となっているのだが、これは習慣化するまでに一悶着あった。





食事の役割を燐に担わせた時、雪男はその食費を出す以外に洗い物の従事も申し出た。お金は渡すといっても、作る側の負担はやはり大きい。食事を用意して貰うのだから、せめてそれぐらいは…という雪男の良心からの提案だった。





しかし、燐はこの提案をあっさり突っ撥ねた。曰く、






「任務とかで疲れてる雪男にそんなことさせらんねぇ」





ということだった。気遣ってくれるのは素直に嬉しいのだが、しかしはそれで引く雪男では無かった。何から何まで燐に押し付けるのは不本意だし、体ももうそこまで弱くも無い。だから任せて欲しいと言ったのだが、燐も燐で頑固で、なかなか首を縦に振ろうとしなかった。





しばらくの膠着状態を経て、結局雪男が折れ、そして妥協案を出した。それが、洗い物は二人で片付けようということだった。





その提案に、燐は渋々ながら納得した。きっとここで燐が頷かなければ、更に状態は拮抗を持していただろう。







以来、食事を共にした時だけ、とどうしても制限されるが(雪男は任務のために帰りが遅いことが多々ある)、洗い物は二人仲良く行うようになった。端から見たら新婚夫婦よろしくな光景だが、残念ながらそれをツッコんでくれる貴重な人物はそこには居ない。クロが居るっちゃあ居るのだが、ツッコミ役としてはあまりに役不足だった。そのクロも、今日はどこかにお出掛け中である。







洗い物を片付けている間、食事中はあんなにも雄弁だった燐があまり言葉を発さなくなる。それは、この後訪れる『恋人としての時間』に期待しているからに他ならない。それとは逆に雪男が雄弁になる。話してる内容は食事中に極力避けていた燐の成績のこととか授業内容の確認だったりするのだが、それに噛み付く余裕は既に燐には無い。そんなことよりも、少しずつ疼き始めたこの体に、一刻も早く触れて欲しいと思っているのだ。





「兄さん? 聞いてる?」
「うぇ!? あ、あぁっ、聞いてる聞いてる!」
「嘘吐き」





最後の皿を仕舞い終え、雪男の唇が燐の唇を食む。柔らかなその感触にお互い目を細め、燐の手は雪男の後頭部に、雪男の手は燐の腰に回される。触れるだけの口付けが深いものへと移行するのに、大した時間は掛からなかった。





「ん…っん……」
「はっ…ん…」





くちゅ、ぴちゃ、とお互いの舌が織り成す水音が鼓膜を犯す。それだけで下肢に集まる熱に、燐の腰が悩ましげに揺れる。





それを視界に認めた雪男はほくそ笑み、ゆっくりと唇を離した。熟れた林檎のように上気した頬に酸欠に潤んだ瞳、その背後でゆっくりと揺れる尻尾。



快楽の兆しを確認し、雪男は燐の髪を優しく撫でた。





「はぁ…はっ…」
「キスだけじゃ足りない? 兄さん」





聞かなくても分かってるだろうに、雪男は意地の悪い笑顔を浮かべて燐に問い掛ける。息苦しさに浮かんだ涙で潤んだ瞳で睨み付けながら「バカ…」と呟くが、その言葉とは裏腹にキスで高められてしまった下半身を雪男に押し付けてしまう。それを甘受し、雪男の手がスルリと燐のシャツの中に侵入する。





「ちょ、ゆきっ…」
「誘ったのは兄さんじゃないか」
「そ、だけど…! でもっ…」






ここじゃ、ヤダ…と雪男の肩にしがみ付きながら、すっかり欲に濡れた吐息混じりに吐き出された言葉。いくら此処には他に人が居ないからって、こんな所で交わるのはやはり羞恥心が込み上げる。雪男と触れ合えるのは嬉しいけれど、二人きりならどこでも良い…というわけではないのだ。時折我慢が利かなくなってしまう時もあるけれど、その時は頑張って自制しているのだ。今も、荒ぶり始めた熱を必死で押さえ込んでいる。雪男はそれを知っているのか知らないのか、何処でだって燐に性的な手付きで触れてくる。今だって、そうだ。






その度に素直な身体は歓喜に打ち震えるのだけど、未だこういうことに慣れていない燐は戸惑い、恥ずかしがり、初心な生娘のように小さな拒絶を見せる。






触れてくれるのは嬉しい。でも、こんな場所じゃ気兼ねなくいられない。欲に濡れた瞳はそう訴えかけ、雪男は容易くそれを読み取ってくれる。





「じゃあ、部屋に戻ろっか」





ちゃんと我慢してね、と含み笑いの雪男の言葉に、燐は「頑張る…」と返した。既に持ち上がっている欲をさりげなーく隠しながら、雪男に手を引かれて部屋に戻った。







雪男のベッドに二人で縺れ合うように倒れこみ、どちらからとも無くキスを交わす。触れるだけのそれをまた繰り返し、徐々に深くして、お互いの衣服を取り払っていく。








主導権を握るのは、雪男。




翻弄されるのは、燐。








二人共そんな経験は無いはずなのに、雪男の方がキスもsexも上手(うわて)だった。一体どこで学んだんだ…といつも思うのだが、それを追求したことは、一度も無い。まぁ別にいっか、というのが、燐の出した結論だった。







雪男に抱かれてる間、燐はいつも幸せだった。雪男のキスはすぐ思考をぼやけさせてくれるぐらい気持ち良いし、体を這う指先はいつも優しくて、それでいて甘い痺れを伴わせる愛撫にいつも腰が震える。一つになってしまえば、訪れる至上の幸福が燐の全てを支配して、もう何も考えられなくなる。――雪男のこと以外、何も考えられなくなる。








昔は護持すべきだと思っていた弟から、こうも愛されるとは思いもしなかった。でも、嫌じゃない。嬉しい。あまりに明快に、心が歓喜に満たされているのが分かる。これ以上の幸せなんて無いと、燐は信じている。







燐は湧き上がる幸せを噛み締めて、全てを雪男に委ねる。雪男の全てを精一杯受け止めて、自分も精一杯の愛を囁く。雪男から与えられた分を返せているかは分からないけれど、燐は必死に、何度も何度も「好き」と呟く。





そう言う度、雪男が慈愛に満ちた顔で、愛おしそうに笑ってくれるのが、燐は何より嬉しかった。











しかしその反面、燐は不安だった。自身が抱いているこの愛情は、雪男と均等が取れるモノなのか…と。雪男と同じ密度の愛情なのか…と。










度重なる状況の変化、自身が持つ力への疑心、異質な立場による孤独感、劣等感。その全ての捌け口に、雪男を使ってしまっているのではないかと疑ったことが何度もあった。






「僕は兄さんを愛してる。この世界の誰にも、兄さんを渡したくないんだ」






雪男に告げられた恋情。ただそれに縋っているだけなんじゃないかと、何度も自分に問い掛けた。だけど、答えは出なかった。










雪男のことは好きだ。それは嘘じゃない。だけどこの『好き』が、雪男と同じ重さであると断言することが、未だ出来ないでいる。それがひどくもどかしかった。今、自身が吐き出している愛の言葉は、全て空虚で無意味なもので、雪男の与えてくれる愛情を歪めてしまっているのではないかと疑ってしまう。





そうして沸き上がり、胸中に蟠る燐の葛藤を、雪男は直感で見抜いていた。長年燐と共に育ち、燐を見てきたのだ。燐が不安を抱えていることも、不安の大まかな内容も、なんとなくだが理解できる。








雪男は自覚している。燐の情緒が不安定なときに、自分の気持ちをぶちまけてしまったことを。燐を混乱させてしまっているのは、自分自身であるということを。











孤独に揺れる燐に愛情という名の救いの手を差し伸べて、それに縋るように仕向けた。今なら拒まれることは無いと絶対の確信を持って、長年隠し続けた想いを打ち明けた。燐が、最後の拠り所を自ら手放すはずが無いと見越した上での、確信的な告白だった。







そうして齎されたこの現状。これはただの瞞しだ。微妙にズレた愛情が、間違った形で交差しているだけ。このキスもsexも、燐と雪男が愛情を誤認した結果であるに過ぎない。











雪男が抱いているのは純粋な恋愛感情で。






燐が抱いているのは途方も無い寂寞感だった。









全く種別の違うこの感情に、燐は戸惑い、雪男は諦観している。そして、燐は現状変化を切望しているが、雪男は現状維持を切望している。







――捌け口でも良い。兄さんが僕を「好き」と言ってくれるのなら、僕は利用されたって構わない。




――兄さんが僕を『弟』じゃない目線で見てくれるなら、この偽演の中で生き抜いてやる。









決して交わらない二人の鼓動。思考。感情。そこから滲み出す幸福の蜜を舐め合いながら、また二人は「好き」を囁きかける。






「ゆ、きっ……ゆきお…ゆきおぉ…っ」
「好きだよ、兄さんっ…ずっとずっと、愛してる…!」





恋に教科書は存在しない。人は、誰に教わるでもなく、他人を愛するようになる。しかしそれ故に、人は躓く。迷う。誤る。正しい道が存在しない迷路の如く、人は永遠に彷徨うのだ。








今の燐と雪男も、先の見えない迷路の道半ばで立ち往生している状態。このまま進むのか、戻るのか――決めるのは、二人だ。





「雪男…すき、だ…」
「うん、僕もだよ、兄さん…」






例え、二人の愛が全く違うベクトルから来るものであろうとも。






いつかは、同じトーンで愛が囁ければと…混ざらない思考の渦の中、二人は噛み付くようなキスで瞞しの愛情に蓋をした。




















――――
「一つになれぬ二人」
the GazettE/千鶴

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ