ボーボボ一行の旅は今日も続く…のだが、今は広い草原にテントを張ってのんびり休憩中。実は一度道に迷ってしまった故に、一番近い街に着くまで予想以上に時間が掛かってしまっているボーボボ一行。揺るぎない事実に開き直ったのか、ボーボボは「もう野宿でいいじゃん☆」が最近の口癖となっていた。なので、まだ日が高いにも関わらず、既に野宿の準備を整えてしまっているのだ。





思い思いに羽を伸ばしている中、ビュティはヘッポコ丸を探していた。大した用事があるわけではない。ただ少し、話をしたいだけ。旅の道すがらでは、いつも首領パッチや天の助に邪魔されてしまうのでゆっくりお喋りに興じれないのだ。ビュティ自身も、ツッコミでなんだかんだ忙しいし。







だから、こうした休憩時間は貴重なのだ。誰にも邪魔されない場所で、ヘッポコ丸と二人きりで話したい。ビュティはそれ以上のことを望んでいない。――望んでも、叶わないことだから。




「…あ」




ビュティは立ち止まる。木陰から伸びるヘッポコ丸の足を見つけたからだった。しかし一緒に覗いているのは、ビュティがあまり話したくない男の体だった。二人が一緒に居るのは明らかだった。ビュティは少しムッとしたが、構わず二人に近付いていった。










――この感情が単なる嫉妬だと、ビュティは気付いている。だけど、気付いているからと言って容易く消せる程、この感情は軽くないのだった。







「破天荒さん」
「お。よう嬢ちゃん」




ビュティの呼び掛けに、破天荒が軽く応じた。その腕の中には、寝入っているヘッポコ丸の姿。胡座をかいた上にヘッポコ丸を乗せ、その頭を肩口に寄りかからせている格好だ。腰に回された腕は、ヘッポコ丸を落とさないようにとの考慮だろう。




ヘッポコ丸は随分と無防備な寝顔を晒していて、ビュティがやってきたのにも気付く気配が無い。よっぽど深い眠りに落ちているらしい。




「へっくん、寝てるんですか?」
「おぉ。コイツまた夜中まで修行してたみてぇで、眠そうな顔してたからな。寝かしつけた」
「そうなんですか」





ヘッポコ丸が眠そうであったことなど、ビュティは全然気付かなかった。道中、話すことは出来なくても、見ていたつもりだったのに…それなのに、ヘッポコ丸の機微に気付くには、至らなかった。






その事実を悔しく思いながら、平静さを装ってビュティは破天荒の隣に腰を下ろした。そして、ソッとヘッポコ丸の寝顔を覗き込む。ヘッポコ丸は、本当に穏やかな顔で眠っている。それほど、破天荒の腕の中は心地良いのだろうか。眠るヘッポコ丸の表情は、とても子供っぽいものだった。




「…なんだか、へっくんじゃないみたい」
「は? なんで?」
「だって…へっくん、私の前じゃこんな顔しないから」






ビュティと共に居る時のヘッポコ丸に、子供らしさは見受けられない。それは、ヘッポコ丸がビュティを擁護する対象として見ているからに他ならない。ビュティの前だと、ヘッポコ丸は十六歳の少年の顔ではなく、戦士としての顔をする。ビュティが年下ということもあるのだろうが、甘えるようなことは全然無いのだ。






今破天荒の腕の中に居るのは、戦士ではなく、ただの十六歳の少年としてのヘッポコ丸なのだ。そしてきっと、これが素のヘッポコ丸なのだろう。それを破天荒の前では簡単に露わにしているという事実が、ビュティに更なる敗北感を与えた。










『恋人』か『仲間』か。言葉にすれば些細な差なのに、実態を見ると、その差はあまりに大きかった。






「ズルいなぁ…」
「羨ましいのか?」





そう言ってヘッポコ丸を抱く腕に力を込め、銀髪をゆっくりと梳く破天荒の顔は、あまりにあくどかった。大凡十歳も年下の少女に向けるものではない。それを見て、ビュティはプクッと頬を膨らませた。





「羨ましいって言ったら、へっくん返してくれるんですか?」
「返すも何も、コイツは最初から嬢ちゃんのじゃねぇだろうが」
「でも…私達は、両思いでした」





ビュティは断言した。確かに互いに、一度も言葉に表したことは無かった。それでも、空気で理解していた。ヘッポコ丸がビュティを特別視していたことを。ビュティがヘッポコ丸を特別視していたことを。二人は互いに分かっていたのだ。言葉にしなくたって、想いは確かに通じ合っていた。






そんな二人の間に割り込んできたのは、破天荒の方だ。犬猿の仲と言われていた筈なのに、何故か破天荒はヘッポコ丸に恋をした。そしてあっという間に、ヘッポコ丸の心をビュティから奪っていってしまった。ビュティが破天荒の心意に気付き、焦りを覚えた頃には既に手遅れで、ヘッポコ丸が特別な視線を向ける相手は、ビュティから破天荒に成り代わっていた。








確かに、ヘッポコ丸はビュティのモノではなかった。空気で分かっていても、ちゃんと言葉にすることを躊躇っていたことは認める。ヘッポコ丸から言ってくれるのを密かに待っていたのも事実だ。だから、破天荒を責めるのはお門違いなのだ。破天荒は別に、ビュティからヘッポコ丸を無理矢理奪ったわけじゃない。誰のモノでも無かったから、自分のモノにしただけだ。






空気や雰囲気などという不確かなものでは、相手を繋ぎ止めるにはあまりに脆弱な繋がりだったのだ。





「今となっちゃ、本当に両思いだったか怪しいもんだがな」
「…そんなこと、ありません」
「けど、本当に両思いだったんなら、俺に靡くことは無かったんじゃねぇの?」
「………」





破天荒の言っていることは一理ある。けれど、完全に納得するには足らないものだった。



黙り込むビュティを見て、破天荒はフンッと笑う。





「好きだったんなら、ちゃんと捕まえとくんだったな」
「破天荒さんって、意地悪ですね」
「なんとでも言え」





表情はあくどいものだったが、ヘッポコ丸を抱く腕や髪を梳く手付きはひどく優しいものだった。言葉は乱暴だったが、そこにはヘッポコ丸への慈しみが滲んでいた。わざとなのかもしれないが、恋愛経験の浅いビュティでもありありと感じ取れたそれは、まさしく愛情だった。











ビュティは知っている。破天荒が本気でヘッポコ丸を愛していることを。生半可な想いでヘッポコ丸を口説き落としたわけではないと。














だから、責める気持ちはあれど、憎んでもいなければ恨んでもいない。ヘッポコ丸の素顔を引き出せたのが自分ではないという事実は確かに悔しいけれど…しかし、それは自分の力量が足りなかったのだと無理矢理にでも納得出来る。








――破天荒さんと居る時のへっくん、本当に幸せそうだもん…。






叶うなら、自分が堂々と彼の隣に並んで、その素顔を引き出してあげたかった。幸せそうな表情をさせたかった。一緒に笑って、手を繋いで、キスをして…そんな当たり前な恋人同士に、なりたかった。






でも、それはもう無理だと分かっているビュティ。ヘッポコ丸は既に破天荒の恋人で、ヘッポコ丸の隣を歩くのも、手を繋ぐのも、キスをするのも、破天荒の特権なのだ。二人が別れたら、もしかしたら光明が射すかもしれないけど…でも、その確率はあまりに低いもの。二人の愛は、そこまで浅くないのだ。





「…破天荒さん」
「あ?」
「へっくんのこと、ちゃんと幸せにしてあげてくださいね。そうじゃないと、私がへっくん取っちゃいますからね」
「…言われなくても、ちゃんとしてやるっての」





破天荒はそう言って、ヘッポコ丸の頬をソッと撫でた。擽ったかったのか、ヘッポコ丸が少し顔を歪めて破天荒の胸にすり寄った。良い場所に頭がはまったのか、ヘッポコ丸はまたそのまま穏やかな寝顔を浮かべて寝入ってしまった。その様子を見て、ビュティは小さく吹き出した。





「ふふっ…なんだかへっくん、猫みたい」
「俺も同じこと思った」
「こんなことで破天荒さんと以心伝心したくないです」
「あんだとコラ」
「きゃー怖い」
「思ってねぇくせに」





あまりに棒読みなビュティの言葉に、破天荒は嘆息する。ビュティはそんな破天荒を無視し、身を乗り出してヘッポコ丸の前髪に触れた。初めて触れたその髪は柔らかくて、猫毛を彷彿とさせた。






その指を移動させる。額に、瞼に、目元に、頬に…そして、唇に。





「おいコラ嬢ちゃん、触りすぎだぞ」
「良いじゃないですか、ちょっとくらい」






そう…ちょっとくらい、我が儘を聞いてよ。女の子の淡い恋心を潰す見返りがあったって、構わない筈でしょう?






ビュティは、唇に触れさせていた指を再び頬に移動させた。包み込むように頬に手の平を添え、距離を詰める。破天荒がビュティの意図に気付いたのは、少し遅かった。










破天荒が止める前に、ビュティの唇がヘッポコ丸の唇に重なった。ほんの一瞬触れただけの、可愛らしいキス。ビュティは満足げに微笑み、立ち上がる。ショックのあまり固まっている破天荒を見下ろして、ビュティは言った。





「餞別代わりってことで、構いませんよね?」
「嬢ちゃん…お前なぁ…」
「怒らないで下さいよ。事故ってことで、大目に見て下さい」
「どこが事故だ。明らかに故意だったじゃねぇか」
「恋だけに、ですか?」
「誰がんな寒いこと言うかっ」
「あはは!」





笑って、ビュティはくるっとステップを踏んで破天荒に背を向けた。そしてそのままスタスタと歩を進め、破天荒から離れ始めた。





「あっ、嬢ちゃん、まだ話は終わってねぇぞ」
「私は終わったから問題ありませんよ」
「おいっ」





尚も破天荒はビュティを呼び止めていたけれど、ビュティは意に介さず破天荒達から遠ざかる。離れながら、ビュティは笑った。たったあの程度のキス如きで面白い程に取り乱していた破天荒の姿が、普段とはまるで別人で笑えてしまうのだ。確かにキスはやりすぎたかなぁと思ったが、あんな子供じみたキスだ。そこまで目くじらを立てることも無いだろうに。






でも…ああやって破天荒が柄にもなく取り乱すのも、ヘッポコ丸が絡むからだ。ヘッポコ丸を好きでいるからこそ、些細なことで嫉妬の炎を燃やすのだ。





「ホント、適わないよ…」





こみ上げてきた涙を、ビュティはゴシゴシと拭う。もう、失恋の涙は流さないと決めているからだ。破天荒とヘッポコ丸が付き合い始めた時、ビュティは気持ちの整理をつけるためにたくさん泣いたのだ。だから、これ以上涙を使いたくないのだ。多少心残りはあれど、気持ちの整理は確かにつけられたのだ。ならば、ここで泣いてしまうのは何か違うように思えるのだ。







今のビュティは、ちゃんと二人を祝福してやらなければならない立場。幸せを願わなければならない立場。行く末を見守っていなければならない立場。昇華させた恋心を再びくすぶらせて、泣いている場合では無いのだ。





「新しい恋、しないとなぁ」





ヘッポコ丸以上に好きになれる人に出会えるのか…そんなことまだ分からない。有るかもしれないし、無いかもしれない。 この先生きてみないと、答えは見付からない。






だから、ビュティは前へ進む。人間らしく、女の子らしく、僅かな未練を心中に残したまま、一つ階段を上る。それは言わば、少女から女性に成長するための階段だ。少し意地の悪い言い方をすれば、これはただの通過点なのだ。









初恋も。



失恋も。



横恋慕も。









大人になる前の経験値。敢えて言うなら――青春…だろうか。






「青春かぁ…まだまだ、謳歌出来るよね?」






ねぇ、へっくん…と、未だ愛する人の腕の中で眠っているだろう初恋相手に、届くはずの無い問いを飛ばす。勿論返ってこない答えに、ビュティは小さく笑った。その瞳から零れた一筋の涙は、傾き始めた太陽によって照らされ、頬に光の筋を作っていた。













ララバイを歌って
(初恋は実らない…なんて)
(一体誰が言ったのかな?)



二部で両思いっぽい描写が多々あった屁美ですが、当サイトは破屁押しなのです。知ってますよね(^q^) なので、ビュティさんの失恋話書きたいなと思い、今作が仕上がりました。


破天荒がどうやってビュティさん大好きだったへっくんの心を変えたのか、それは読者の方の想像にお任せします← しかしまぁ、へっくんいつまで寝とんねん(笑)。




栞葉 朱那

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