今日は一月三十一日。黒子テツヤの誕生日である。しかし残念ながら今日は平日であり、普通に学校はあるし朝練だって変わらずある。だからって気落ちするような性格を、黒子はしていない。寧ろ誕生日も変わらずバスケが出来ることに喜びすら感じている。黒子テツヤとはそういう人間である。






日付が変わってから、黒子の携帯は『誕生日おめでとう』のお祝いメールを多く受信した。誠凛バスケ部の同級生や先輩達からは勿論のこと、キセキの世代メンバーからもちらほら届いていた。残念ながら日付が変わる前に就寝していた黒子がそのメールを確認したのは朝起きてからであったため、まだ誰にも返信していない。







誠凛メンバーには、朝練の時に直接礼を言うつもりでいる。キセキメンバーはまぁ…後回しにしたところで文句も言われないだろうし良いかと考えつつ、黒子はもっと別のことが気になっていた。












恋人である降旗光樹。彼からだけ、メールが来ていなかったのである。黒子はそれだけが気掛かりだった。












忘れられているのだろうか。それとも知らないのだろうか。ただ眠っていただけだろうか。憶測だけは水のように沸いて出て来るが、確信を持つには確証が無い。なので黒子は少しばかりモヤモヤしていた。電車に揺られながら、頭を占めるのは愛しい愛しい恋人のことばかりであった。






どうせ朝練に行けば降旗に会えるのだ。もしかしたら直接言いたいがためにメールを自粛したのかもしれない。意外に祝い事が好きな降旗だ、そういう魂胆でいたとしてもなんら不思議ではない。そう自分に言い聞かせ、必死に自分を納得させる。仮にこれで忘れられていたのなら、黒子は今日一日をブルーな気分で過ごすことになりそうだ。



そうしている内に目的の駅に着いたので電車を降り、いつも通り改札を潜った。朝も少し早いので、降りる人達は大して多くはない。人の流れに身を任せ、出口へと歩を進める。





「……あ」





と、黒子は思わず足を止めた。決して多くない人混みの中に、渦中の降旗の姿を、見つけたからだった。





学校指定のコートを着、イヤーマフ、マフラー、手袋と、完全防備の降旗が、ぼんやりとスポーツバックの持ち手を握って立っていた。時折チラチラと改札に目をやっている。誰かの姿を探しているように見える。その探し人は多分、黒子なのだろう。しかし見つけられないようで、また同じ格好でぼんやりしている。




見つけてもらえないのは自分の影の薄さが原因であることなど分かりきっている黒子は、颯爽と降旗に近付いていく。どんどんと距離を詰めるが、やっぱり降旗は気付かない。





「降旗君」
「うおわぁ!!」





仕方なく声を掛ければ、降旗は面白い程に肩を震わせて素っ頓狂な声を上げた。驚きのあまり二歩程後退って、降旗の視線は黒子に向けられた。





「おはようございます、降旗君」
「び、ビックリさせんな!」
「驚かせてすみません。でも、気付いてなかったみたいなんで」
「…また気付けなかった」





目に見えて、降旗がガックリと肩を落とす。どうやら自力で黒子を発見出来なかったのがショックだったらしい。いつものことだろうに、そこまで落ち込まなくてもいいのではないだろうか。





しかし黒子は、降旗がここまで気落ちする理由を知っている。だから変に言葉を掛けることはしない。掛けてもそれがなんの慰めにもならないことが分かっているからだ。だから黒子は出来るだけ優しい表情を作って、優しい声音で、「待っててくれたんですか?」と自然に話題を転換する。そうすれば、素直な降旗はその話題に合わせてくる。落ちていた気分もしっかり浮上させて。





「う、うん…」
「寒かったんじゃないですか? 鼻が赤くなってます」





そう言って黒子は自分の手袋を外し、降旗の頬に触れる。剥き出しだったそこは、ヒンヤリと冷たかった。






「やっぱり、冷たいです」
「平気だよ、そこまで寒くなんかないから」
「でも、」
「オレが好きで待ってたんだから。黒子が気にすることじゃないよ」






そう言って微笑む降旗だったが、黒子は申し訳無さが立ってしまってつい「すみません」と謝ってしまった。約束をしていたわけでは無いし、降旗がここで待っている事など想定すらしていなかったのだから、その謝罪はあまり意味が無い。降旗も、その謝罪を聞いて「バーカ」と黒子を小突く。






「謝んなって。オレが勝手にしたことなんだから」
「でも、こんな寒空の下に降旗君を長時間待たせてしまったのは事実です。連絡してくれれば、僕ももう少し早く家を出たのに」
「…それじゃあ、サプライズになんないだろ」
「え?」





ボソリと呟かれた言葉に、黒子は目を丸くして降旗を見る。降旗は頬をほんのりと赤く染めて、マフラーに顔を埋めていた。その赤さが寒さからきたものじゃないのは、明白であった。







降旗はそのままゴソゴソとバックを漁り始め、目的の物をすぐに掴み出して黒子に差し出した。綺麗に包装され、リボンまで巻かれているそれは、明らかにプレゼントであった。






「誕生日、おめでと。黒子」






小さく、喧騒に掻き消されてしまいそうな程に小さな声で、降旗は祝辞を口にした。その顔はさっきより赤くなっている。




突然のことに若干頭が追い付いていけてない黒子は、差し出された包みを素直に受け取ってポカンとしている。なんとも妙な沈黙が流れ、なんとも言えない気恥ずかしさが二人をくるんでいく。






「…このために、待っててくれたんですか?」






沈黙を破ったのは黒子だった。未だ赤いままの降旗をジッと見つめる黒子は、とても嬉しそうにはにかんでいる。予想外の降旗からのプレゼントと言葉に、黒子はようやく喜びを実感し始めたらしい。





黒子からの問いに、降旗は小さく頷いた。口元はマフラーに埋めたまま、視線は決して黒子に向けようとしない。恥ずかしいのだろうか。そうなのだろうか。そのままで、降旗はぼそぼそと話し始めた。






「最初に、直接おめでとうって言ってやりたかったけど…どうせ親御さんから先に言われちゃうだろうなって思って。だったら、プレゼントだけでも、一番に渡したかったんだよ…」







だから、わざわざ駅の改札で待っていたのか。朝練がある今日、部室には既に誰かが居るだろう。そうなると誰に先を越され、プレゼントを渡されるか分かったものではない。降旗はそれを危惧したのだろう。











一番に「おめでとう」と伝えることは諦められたとしても、一番にプレゼントを渡すことは――諦められなかったのだ。











付き合い始めて初めての誕生日。まさかこんなサプライズを持って祝ってもらえるとは、考えてもいなかった黒子。先程から、黒子の口元はだらしなく弛んでいる。嬉しくて仕方ないのだろう。滲み出る幸せオーラがその証拠である。






「ありがとうございます降旗君。とても嬉しいです」
「あー…どう、いたしまして」






ここまで喜びを素直に露わにする黒子なんて、恋人である降旗でも滅多に見られない。超レアである。それ故にどうしてもその眩しいまでの笑顔が直視出来ない。なのでさっきから降旗の視線はあっちに行ったりこっちに行ったり…と忙しない。赤くなったままの頬を隠すように、一層マフラーに顔を埋めてしまっている。











とりあえず、このままここで突っ立っていては朝練に遅刻してしまう。ということで、二人は並んで学校までの道を仲良く歩み始めた。黒子の手には相変わらずプレゼントが握られたまま。開けても良いものか、逡巡しているように見える。







「降旗君、今開けても構いませんか?」
「え、今!? いやいやいや恥ずかしいからやめてくれ! 帰ってからにして!」
「家まで我慢出来る気がしません。というか、もう開けちゃいました」
「じゃあ許可取るような真似すんな!」






黒子の言葉通り、すでにプレゼントはリボンを解かれてその口を大きく開けていた。しかしまだ中を覗いていない辺り、黒子は律儀である。まだ降旗に許可を出してもらうつもりではいるようだ。許可も無しに開けておいて許可をもらうも何も無いと思うが。






「中、見ても良いですか?」
「…全然大したもんじゃないからな。期待するなよ」
「降旗君からもらえるならなんでも嬉しいので、問題無いです」






サラリと言って降旗を更に赤面させながら、黒子は袋の中を覗き込み、一つ一つを手に取って確かめていく。中には、三つの品が入っていた。









一つ目は本だった。それは黒子がずっと欲しがっていた物で、しかしお小遣いが足りなくてずっと買えずにいた本だ。降旗の前でそのことを零したのはたった一度だけ。きっと降旗は、あの何気ない言葉をずっと覚えてくれていたのだろう。







二つ目はブックカバーだった。しかも丁寧なことにサイズを本に合わせて変えられるタイプの物である。読書家である黒子のために見繕ってくれたのだろう。真ん中に印刷されているバスケットボールの絵がなんだか可愛らしい。







三つ目はストラップだった。水色の紐の先には、白黒模様の犬がぶら下がっていた。なんという犬種なのか、疎い黒子には分からない。ただ、一つ思ったのは――







「二号に似てるだろ? その犬」







黒子の考えていることを見透かしたかのような降旗の言葉に、黒子は彼を見た。未だに頬は赤いままだが、もうマフラーのお世話になっていない降旗が、微笑んでいた。視線の先には、黒子が持っているストラップ。







「プレゼント探してる時に見付けてさ…二号に似てるなって思って」









「同時に、黒子のこと思い出した」
 







コートのポケットに手を突っ込み、降旗は自分の携帯を取り出した。その携帯には、昨日までは無かったストラップがプラプラと揺れている。




紐は黒いが…それは、黒子が今手に持っているストラップと同じ物だった。






「降旗君、それ…」
「オレも思わず買っちゃった。だから、お揃い」
「お揃い…」







言葉を反復し、自分の手の中にあるストラップを凝視する黒子。二号に似ていると感じた犬のマスコット。降旗も同じことを考え、色違いで購入した物。




深い意図などまるで無く、お揃いとなったストラップ。何も言わなくなった黒子に不安を抱いたのか、降旗はおずおずと「嫌だった?」と問い掛けた。その言葉にハッと顔を上げた黒子は、次いでブンブンと勢い良く首を振った。「まさか」という言葉も添えて。






「全然嫌じゃないです。嬉しいです」
「そ、そう? なら良かったぁ。お揃いとか、引かれるんじゃないかって思ってたから」
「好きな人とお揃いの物を持てるのに、嫌がる理由が無いです。ただ僕は、この喜びをどう表現したら良いのか分からなかっただけです」
「表現って…そんな深く考えなくていいって。ストラップ含めても、大したもんじゃなかっただろ?」
「さっきも言いましたよね、降旗君」






黒子はスッと足を止め、同時に降旗の腕を掴んで停止させる。突然のことにちょっと驚いている降旗に、黒子は触れるだけのキスを送る。勿論、唇に。







現在登校中の二人。言わずもがな、ここは通学路である。道端である。朝でまだ人が少ないとは言え、誰に見られてもおかしくない場所だ。ましてや、バスケ部以外に朝練のある部活はあるのだ。その者達に目撃されたら、なんと言い訳するつもりだったのだろう。幸い、辺りに人っ子一人居なかったわけだが…。







不意打ちに、降旗は先程とは比較出来ないぐらいに顔を真っ赤にさせた。生々しい感触の残る唇を手の平で押さえながら、「なっ、おま、なっ」などとよく分からない単音を口走る。面白いぐらい動揺している降旗に、黒子はまた柔らかな微笑みを向けて言った。





「君からもらえるなら、僕はなんでも嬉しいって」
「え、ぁ…」
「ありがとうございます降旗君。君に誕生日を祝ってもらえて、すごく…すごく嬉しいです」
「…ぅん。そう言ってもらえて…オレも、嬉しい」






ふにゃ…と、降旗も表情を崩した。それを見て、黒子の笑顔もより明るいものとなる。どちらからともなくまたキスをして、お互いに幸せを噛みしめる。幸いにもまた辺りに人影は無かったので、もう降旗が必要以上に赤面するような事態にはならなかった。













今日は一月三十一日。まだまだ寒い日々が続いていくというのに、この二人には既に春が訪れているらしい。無意識に繋がれた手は、ずっと寒空の下に居たとは思えない程に熱く、暖かかった。お互いの手袋はポケットの中でお役御免。もしかしたら今日一日、使われることはないかもしれない。






「月並みのことしか言えないけどさ」






手を繋いだまま、少しペースを上げて歩いている時、降旗がポツリと呟いた。プレゼントを器用に片手でバックに仕舞っていた黒子は、その声に反応して顔を上げる。降旗は前を見据えたまま、またマフラーで口元を隠すように弄くりながら言った。






「――生まれてきてくれて、ありがとう」







その言葉を聞いた数秒後、黒子が降旗を力一杯抱き締めて三度目のキスをするのは、至極当然のことだった。













平凡な祝い方
(黒子がバスケ部員にお揃いのストラップを見せて回るのは)
(また別の話でございます)





誕生日おめでとう黒子っち! こんな駄文でごめんな! でも愛はちゃんと込めてるから許して!


黒子っちのキセキの扱いが酷いのは『降旗>>>>>キセキ』というまぁ当然このような図式が成り立っているからだと思っていただければ幸いです(^ω^)← てか俺も二号似の犬のストラップ欲しいなぁ…。


愛してる! 黒子っち! 誕生日おめでとう!





栞葉 朱那

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