夢小説
□紫原
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「…ふぁ…」
大きな欠伸が出た。今日も机に頭を預けて、前から聞こえてくる女子たちの会話に耳を傾ける。勿論、苗字さんがいるから。
苗字さん以外の声なんて、汚くて下品な笑い声だ…って思うけど、しかたない。苗字さんはあんまり話すタイプじゃないからたまにしか口を開かない。だから、話し声や笑い声のひとつひとつが基調で、聞き逃せない。
「あ、紫原くん」
え。
閉じていた瞼を思い切り見開いた。今、俺の名前を呼んだのは、間違いなく苗字さんだ。期待。不安。いろんな気持ちをごちゃごちゃに溜めながらゆっくり顔を上げた。
「………」
「筆箱、落としたよ」
苗字さんの手には俺の筆箱が握られてた。苗字さんが言うには、落ちてたらしい。…て、いうことは。
苗字さんは、わざわざ俺の筆箱を拾ってくれた。あんな酷いことを言った俺に対して、苗字さんは優しく笑いながら。
嬉しい。優しい。苗字さん、ありがとう。
――――なんて言えなくて。
俺の口から出たのは、自分でも疑うほどありえない言葉。
「あ、そう
拾ってくれたのには感謝するけど、わざわざ言わなくてもいいじゃん
普通に置いといてくれればいいんだけど?」
やめろ。言うな。
思ってるのに。頭ではわかってるのに。
苗字さんは俺の言葉に固まったまま。それが嫌で、これ以上傷つけたくなくて。立ち上がって、やっとこの場をされるっていうのに、俺は苗字さんと離れることが寂しいみたいで。また、口から出てしまった。
「それとも、なに?
“ありがとう”って感謝されたかった?」