短編

□幸せなある一つの風景
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たくさんのことがあったよね。


例えば、大喧嘩して大っ嫌いなんて言い合ったり、泣いたり、笑い合ったり、すごくたくさんのことがあったよね。どれもきらきら輝く素敵な思い出だなあって思える大切なわたしの宝物だよなんて言える日がいつかはくるのかな。






きゃーきゃーとなんだか動物園みたい。黄色い声援がわたしにはどうも猿の泣き声にしか聞こえなかった。そんなこと言ったら、きっとわたしはここの可愛らしく恐ろしい女の子たちにリンチされるんだろうなぁなんて。半殺しの刑だね、確実にとか自分の中で自分がリンチされるとこを想像する変な自分。

テニスコートの周りはいつでも人がいっぱいだ。何をそんなにきゃーきゃーと言うものがあるのかと思えば、ああテニス部ね、って淡泊なわたしなんです。だってそんなに興味がないんだもん!


テニスコートを素通りしてすたすたと道なりに歩き進む。確か、ここを真っ直ぐ行って左に曲がったらわたしの大好きな駄菓子屋さんがあるはず。誰も知らないひっそりとたたずむその老舗は腰の曲がった可愛いおばあちゃんが一人で経営してるんだよね。わたしはテニスコートなんかにいる人たちよりずっとこのおばあちゃんが好きだ。ただ一人を除いてだけど



「あら、いらっしゃい。」


『久しぶり!』


「おやまあ、見ないうちに随分とでっかくなって。」


『いや、三日しか経ってないからそんなに伸びてないよ。』


「そうだったかい?」


『うん。』



認知症がかってるこのおばあちゃんがずっと一人で頑張ってきたのは先に亡くなったおじいさんとの約束があるらしい。そんなおばあちゃんを見て、なんだかすごく羨ましくなる。わたしもいつかそんな風に誰かを愛してみたいなんて思うんだよね、本当。

きっときっとおばあちゃんはすごく今幸せなんだよね。寂しさが募る日もあるかもしれないけどさ


ふと誰かにそんなことを言ってみたくなった。誰か、なんて言ってもたった一人しかいないんだけど、聞いてくれるかな?変なやつって思われるかも。


とりあえずいつも買っていく笛ラムネを買っておばあちゃんと少しの雑談。そして、日が沈みきる前にわたしはおばあちゃんに手を振って駄菓子屋を出た。甘い匂いが体中についてる。なんかおばあちゃんを思い出すね

あ、そうだ、そうだ。

携帯を取り出してリダイヤルの一番上にきている番号をぽちりと押してぷるるる。数回繰り返して受話器の向こう側から声がした



「もしもし?」


『あ、日吉?』


「どうかしたのか?」


『あのさ、あのさ。』


「ん?」


『ねぇ、今から六十年後ってどうかな。』


「は?」



意味がわからないとでも言うような声をあげた日吉。そうだなぁ、なんか率直すぎたのかもしんないね。じゃあ、もっとわかりやすく言えばいいんだろうけど、なんだか言葉が上手く紡げないんだよね

十年後なんてそんなすぐ先の未来じゃなくてもっとその先の六十年後の未来。わたしたちはどうしているだろうか。しわくちゃのおばあちゃんにわたしがなって、腰の曲がったおじいさんに日吉がなる六十年後。長い長い先のお話



「六十年後、か?」


『うん。』


「そんなの知らない。」


『想像してみてよ。』


「………る。」


『え?』


「お前の隣で、お前の入れた、まずいお茶飲んでる。」


『………ぷっ。素直じゃないなぁ。』



素直じゃないなぁ。本当。まずいなんてひどいけど、きっと本当にまずくなりそうだから否定はしない。それに、日吉が言ってくれたことのほうが嬉しいから。

六十年後もちゃんと一緒にいてくれるんでしょ?それはもうプロポーズだよね!


日吉が言うならたぶん本当にそうなんだろう。きっとわたしたちの六十年後は二人一緒に緑の多い庭がよく見える縁側でほのぼのとお茶を飲んで思い出話なんてしてそうだね。そうだといいな。うん、なんだかこれから先が楽しみだね!

じゃあね、と言って電話を切る。そしてそっと瞳を閉じて思い描いてみた










幸せなある一つの風景
わたしときみの未来予想図


(なんだ、あいつ。)
(なんや?彼女か。)
(部活中にいい度胸だなあーん?)
(あぁ、あの子ね……。)
(不思議っ子か。)


何年後もずっと一緒にいれたらいいけど、きっとお別れはやってきてしまう。でもさ、そのお別れがあるからまたきみが愛しくなってさらに好きになれるとわたしは思うんだ。







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