小説2

□それぞれのカタチ〜愛について〜
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『獄寺、お前はサイコーのダチだ』


奴の最期の言葉は俺に向けられたものだった。銃撃戦後の硝煙の匂いが立ち込める廃墟の中、生き残ったのは俺とこの男だけだった。イタリア最強のマフィア組織・ボンゴレの嵐の守護者の俺と、雨の守護者の山本武。10人あまりの敵を薙ぎ倒し、早々と【現場】を立ち去るつもりだった。
『今回の仕事は簡単だな』
この廃墟へ脚を踏み入れる前、奴はそう呟いていたのに……どうして今、この男は俺の目の前で横たわっているのだろう?強いお前が、なんで傷を負ってぶっ倒れているんだ。
『なあ…頼みがあるんだ』
奴はゆっくり小刻みに俺へ視線を向ける。内臓をえぐられ、ロクに首も動かせない。俺は「動くな……この馬鹿っ」と奴に声を掛ける。無駄に動けば、体力も消耗する。
『…明後日さ、ディーノさんの誕生日なのな』
跳ね馬ディーノ…我がボンゴレと同盟マフィア組織・キャバッローネのボスの名が、奴の口から紡がれる。俺やこいつを昔から親しく【弟分】と扱うディーノ。俺はそんな扱いなんて欝陶しいと思っているが、こいつはそんなディーノにガキの頃から懐いていた。
『俺、明日さ、近所の花屋に……あの人へ贈る花、頼んであるのな』
明後日、2月4日はディーノの誕生日だ。
『32歳になるんだよな』
身体がボロボロになりながらも、他人の誕生日を気にしやがって…なんて馬鹿な男なんだ。
『あの人に贈る花を……花屋から受け取って、ディーノさんへ届けてほしいのな』
俺は知っている。こいつが毎年、ディーノの誕生日の前後に、花を贈っている事を。結婚し妻子があり、尚且つ情人(いろ)がいるディーノに、ずっと恋い焦がれている事も…俺は知っている。
『俺の財布、胸のポケットに入ってっから、花屋へ払っといてくれ……んで、ディーノさんへ届いておいてほしいのな』
そんな事言うな。お前が自分が届けに行けよ。その方が、ディーノだって喜ぶだろ…俺は、伝えられない言葉を噛み締めるしかしかなかった。
『明日の午後3時にはさ、花束が出来上がってるはずだからよ…』
奴に言われるまま、胸ポケットから財布を取り出した。俺の耳は奴の頼みを聞き入れ、手は奴の頼みに添って動いている。
『悪いんだけど、も一つ、頼まれてほしいの…な』
声が掠れている。喋るな…黙って味方の救助を待つんだ。
『その財布にさ、写真が一枚入ってっから』
俺は震える手で、奴の財布を開いた。
『お前、いつもライター持ってるだろ?……その写真、今ここで燃やしてほしいのな』
財布のカード入れの一番奥に、手垢のついた古びた写真が一枚ある。
『そう、その写真だ…』
俺は写真を抜き取り、自分の上着のポケットからライターを掴み出した。その写真には、14歳の奴と、22歳くらいのディーノが肩を並べて写っている……こいつが初めてキャバッローネ邸へ行った夏の物だった。
『悪ぃな…』
写真の角に火を点ける。なんで俺が、こいつの思い出を燃やさなきゃならないんだ。チリチリと上がる炎を見ていると煙が目に染み、涙腺が緩んだ。ディーノの情人(いろ)は、昔から俺と奴のよく知った人物だ。「身近な人物が、好きで堪らない存在と恋仲」……奴にとって、どれだけ辛かった事だろう。誕生日当日に渡さず、敢えてその前後に花を贈る…誰ともかちあわないよう、家族にも迷惑をかけないよう、僅かでもディーノと二人きりになれる時間を、こいつ自身が作っていた事にも俺はいつしか気付いていた。いずれは枯れてしまう花なら、贈られた側のディーノにも負担にならない…この男のそんな気遣いに、不覚にも切なさを感じていた。
『ちゃんと燃えたな……これで誰も傷つかねぇし、俺も恥かく事はねぇ』
燃えた写真はふわりと灰になり、俺の指からはライターがコトリ…と落ちた。はぁ…と安堵な息遣いが耳を掠める。
『俺、これで心残りなく逝ける……花、必ず届けてくれよな』
そんな事言うな…もうすぐ仲間が迎えに来るから。お前を愛してやまない俺達のボスが、ボンゴレの連中が駆け付けるから。俺は冷たくなって行く奴の手を握り「死ぬな!」と繰り返す。山本武はゆっくりと目を綴じた。
『獄寺、お前はサイコーのダチだ』
その瞼は閉じられたまま、二度と開く事はなかった。叫んでも叫んでも、奴には届かず、廃墟には俺の声が響くだけだった。



END

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