小説2

□薔薇と写真と僕
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初冬の冷たい雨が降る中、僕の愛しい山本武が手土産を携えて、やって来ました。
『俺、骸ん家にずっと来たかったのなー!』
キラッと笑って…その独特の笑顔だけでも、僕にとっては最高のお土産なのに、律儀に父親お手製のお寿司まで持って来てくれました。
『犬や千種の分もあっからなー』
更に人懐こい笑顔で、大量のお寿司を差し出します。なんて優しい子なのでしょう。
『あがっていいか?』
「どうぞ…ああ、靴は脱がないでそのままで」
『そーなのなー…なんか、ディーノさん家みてぇだな』
一瞬、僕のこめかみがピクリ…と上がりました。[ディーノさん]とは、イタリアでは彼らの存在を知らない人間はいないマフィアのボスで、武とも親交があるようです。この日本でも事業を広げているようで、来日した際には、わざわざ彼に会いに来て、必要以上にイタリア式コミュニケーションを施しているとかいないとか。
「武、そのソファーに座っていて下さいね」
僕は武が口にしたディーノという男に多少イラつきを覚えながらも、用意したお茶をテーブルに持って行きました。
『なあ、取り皿とか醤油の小皿とか有るか?』
手際良くお寿司を広げてくれて…お客様なのに、本当に気の利く子です。


『んでな、欠伸してる雲雀の口にな、俺が指を入れたら、ガブッて噛まれちまってな』
「武…」
『雲雀ってば酷ぇんだぜ!俺の指噛んだ上に、頬っぺ殴ったりしてよぉ』
ああ、武…並盛中の生徒は、そんなくだらない遊びをして楽しんでいるのですか?しかも、あの忌まわしい雲雀恭弥の名前まで出して…貴方の指先や頬のカットバンは、その時の物なのですね。
『こんなにカットバン貼ってんのも恥ずかしいのなー!ハハハハハハ』
無邪気に笑ったりして…雲雀恭弥に付けられたその傷は、なんだかあの男の独占欲を見せつけられているようで、僕は舌打ちしたくなります。
『骸もたくさん食えよ!…ひょっとして、寿司、あんま好きじゃねぇか?』
他の男の話ばかり聞かされて、イマイチ箸が進まない僕に戸惑う武。
「そんな事ありませんよ。とても美味しいですよ」
『そっか、良かったのなー!』
その輝く笑顔のようなヒカリモノも、貴方の肌のように滑らかな国産雲丹も、僕は大好物です。
『犬や千種も早く帰ってくればいいのになー』
「本当に二人とも、いつ帰って来るのでしょうねぇ…クフフ」
犬と千種には、武が此処へ来るとわかったとたん[三時間は帰って来ないで下さい]と、メールで報せておいたのです…もう二時間は帰って来ないでしょうね。
『まあ、あいつらの分は涼しい所に取っておいてやってくれよな!』
「はい、そうします。彼らにも必ず食べさせますから」
二人きりのこの時間を、邪魔されてなるものですか!




骸さんからメールが来た。三時間は帰って来るな…と。山本武が来るから、絶対に三時間は帰って来るなと。この氷雨の中、三時間も帰って来るなとは、残酷過ぎやしませんか?骸様……俺は仕方なしに、ショッピングモールのゲーセンやファーストフード店で暇を潰していた。犬も、何処かで雨宿りしながら暇を潰しているのだろう…いちいち奴に電話やメールをするのはめんどいからしないけど、きっと俺と同じような事をしているにちがいない。ホットコーヒーを飲みながら、ぼけ〜っと外を見ていると、携帯が鳴った。
「!」
骸様からだった。




「武、眠いようでしたら、ソファーで寝ていいですよ…毛布を持って来ますから」
『ん、サンキュー…』
うとうとしながら、ソファーに横たわる武。毛布を掛けてあげると『あったけぇのな…』と小さく呟き、直ぐに眠りにつく貴方の額にキスを落としながら、僕は囁く。
「Bunanotte」おやすみなさい。




骸様からのメールには、俺には理解出来ない内容が書いてあった。
【千種へ 花屋で薔薇を買って来て下さい】
骸様、薔薇って…殺風景な室内を華やかになさるつもりですか?それとも、一緒にいる山本武に薔薇の花束をプレゼントなさるのですか?…あの男には、花束なんて似合わないと思われますが。
「あ、骸様…薔薇って、どんな感じで買えば宜しいですか?」
骸様に確認の電話を入れ、俺はショッピングモールの花屋で数本の真紅の薔薇を買った。プレゼントではないので、リボンは掛けてもらわずに…店員とのやり取りがめんどかった。
「骸様、ただいま帰りました」
氷雨に凍えながら、帰宅した俺が見た物は、ソファーで寝息を立てている山本武と、それをやや興奮気味で見つめている骸様だった。
「ああ、千種…薔薇をありがとうございます!」
そう言うと同時に、俺の手から花束を奪うかのような骸様…ガサガサとビニールを取り、薔薇を一本、寝ている奴の顔の横に置く。
「…あの、骸様っ」
俺は、彼の行動が理解出来ずにいた。
「クフフ…可愛い子には、美しい花が似合いますね」
骸様は、そんな独り言と共に、手持ちのデジカメで山本武を撮り始めた。
「薔薇と武…花の妖精山本武…」
デジカメで奴を撮影している骸様は、普段の彼ではなかった。わけのわからない事をぶつぶつと言いながら、あらゆる角度から山本武を撮り、一人で満足なさっている。撮影されている奴は、フラッシュをたかれる中、全く起きず、すーすーと眠っている。俺は、そんな骸様についてゆけず、コーヒーを飲もうと、カップやミルクを用意した。テーブルには、山本武に入れたのであろう、ミルクが半分残っているマグカップが置いてあった。
「本当に愛らしい…花びらも散らしてみましょう」
パシャパシャと眠り続ける男を撮影し続け、満足気にしている骸様。
「胸元も開けて…」
山本武のシャツのボタンを外し、胸元にも花びらを散らす…何がそう貴方を夢中にさせるのか、俺にはさっぱり理解出来ません。
「さて、どれを現像しましょうかねぇ…クフフ」
デジカメに目一杯撮影した奴の画像を厳選している骸様…鼻の下が伸びっぱなしです。
「千種!僕は写真屋さんへ行ってきます」
「え?…雨降る中、出掛けるのですか?」
ウキウキとブルゾンを羽織りながら骸様は言う。
「千種、雨はもう止んでますよ」
「あ、本当だ…」
窓の外は、柔らかい夕焼け色に染まっていた。
「あふ…」
骸様を見送った俺は、欠伸をする。薔薇の花なんて買いに行かされたのが疲れたのか…いや、そんな事で疲れる訳がない。
「ミルク?…か」
未だ眠り続ける山本武を見て、骸様がミルクに睡眠薬を入れたのだなぁ…と思いながら、また欠伸をして俺は自分の部屋に向かった。




「ただいま帰りましたよ!」
部屋は、シーンと静かです。おやおや…武は未だ眠ったままですね。千種は?テーブルには、彼愛用のマグカップがあります。
「千種も睡眠薬入ミルクを飲んでしまったのですね…まあ、お寿司は後でで良いですね」
僕は、ざっとテーブルを片付け、眠っている武の向かい側のソファーに座り、現像して来た写真を列べました。薔薇の中で眠る山本武…お伽話の眠り姫のような愛らしさです。また、その愛らしさの中にも、胸元に散らした花びらによって醸し出された妖艶さがあり、僕は眩暈を覚えます。これらの写真のせいで、今夜は眠れそうもありません。
『んっ…骸?』
目を擦りながら、ムクリと体を起こし、伸びをする武。
「お目覚めですか?」
『んー…なんか、よく寝ちまったのなー。今、何時だ?』
「6時ちょっと前ですね」
『もう、そんな時間かぁ…俺、もう帰んなきゃ。あ、写真?』
くるくると毛布を丸めながら、僕の手元の写真を見ています。
「ああ、これ、貴方が寝ていた時、少し撮ったんですよ…見ますか?」
僕は、顔のみ写る武の写真のみを見せて、他は隠しました。
『へぇ〜…俺って、こんな顔して寝てるんか?おもしれぇのなー!ハハハ』
ご自分では、面白いのですね…僕には可愛くて仕方ないのですけど。
『なあ、一枚貰っていいか?』
「ええ、どうぞ」
『んじゃ、これ貰うな!サンキュー』
彼は、割とアップな一枚を選び、ジャンバーを羽織ると『牛乳、旨かったぜ!』と、ニッコリ笑ってドアへ向かいました。
「また、遊びにいらして下さいね」
『ん、また来るぜ!寿司、千種達にも食わせてやってくれな』
「ええ、勿論です」
『そうそう、お前も俺の写真を集めてんのか?』
「へ?」
武、お前もって…他の人間も貴方の写真を集めているというのですか?
『なんかさ、ツナも俺の写真を集めてんだってさー…部活やってる俺とか、中一の頃から撮ってるらしいぜ』
「!」
『ツナん家行ったら、俺のアルバムが有ってさ…もう、二百枚くらい撮ってるらしいのなー』
沢田綱吉…武の前では善良そうな顔をしながら、盗撮ですかっ!
『時々、ツナの親父さんが俺の写真を自分の部屋へ持って行っちまうらしいから、今度は鍵付きケースに入れておこう…とか言ってたっけなぁ』
沢田家光までもっ!確かに、武のようなタイプは沢田家光好みかもしれませんね…こっそり自分一人で武を楽しんでいるのでしょう。あの中年は。しかし、息子の同級生に興味を抱くとは、節操の無い!
『骸がくれたこの写真、ツナにあげたら喜ぶだろうなぁ』
「なっ!」
『じゃあまたな〜!』
「たけっ…」
山本武は、僕に手を振りながら、足早に帰って行ってしまいました。僕が丹精込めて撮影した写真を持って…明日にでも沢田綱吉に渡す為に。ああ…どうして貴方の周りには、こうも男共が群がっているのでしょう。無防備な貴方に、やりたい放題ですね…近々、そのような者達を、一斉に粛正してしまいましょう!
「骸さん、たらいまー!あっ、寿司ら!寿司があるぴょん!」
ようやく犬が帰宅したらしいですね…僕は奴らを粛正する事で、頭がいっぱいです。千種の分も残して、好きにお寿司を食べてお腹を満たして下さい。
「武…なんて愛らしい」
僕はこの武の写真で、ココロもカラダも満たしますよ。



END

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