小説2

□見送り〜遠距離的恋愛〜
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「武…これはお前が一年間頑張った成果だ。男らしく、ガツン!と行け」
『勿論だぜ、親父!』
俺と親父の前に広げられた新聞紙の上には、金づちと赤い筒型の郵便ポストの貯金箱が置いてある。
『この貯金箱、小銭取り出すトコがありゃ、割らなくていいのになー』
「躊躇しねぇで、早いとこやれ!」
金づちを右手に握り、すうっと息を吐く。
『気に入っていたけど、しゃーないな。んじゃ、割るぜ!』

ガチャン!

「お!一発で見事に割れたじゃねぇか」
『やりぃ!』
「流石、父ちゃんの子だなぁ」
『ハハハ、まーな♪えぇと…幾ら貯まってかなー』
俺は勢い良く割った陶器の貯金箱の破片で指を切らねぇように、そっと小銭を拾い集める。五百円玉、百円玉、五十円玉…と金額別に分けて積んでみる。
「武、幾ら貯まってたんだ?」
『んー…8,400円かな』
「ほうほう、結構貯まったじゃねぇか」
親父は割った貯金箱の破片を新聞紙に包みながら、関心してくれた。
『よし!こんだけ有れば、充分なのな!』
「ディーノさんも喜ぶだろうよ…楽しんで来い!」
『おう!行って来るぜ』
数え集めた小銭を財布に押し込み、スニーカーの紐を結ぶ俺に、親父が言う。
「また、ディーノさんのホテルに泊まらせてもらうようなら、電話入れろよ」
『ん、わかったのな』
親父に小さく手を振って、俺はディーノさんとの待ち合わせ場所へ走った。吐く息が白い。そういえば、昨日は[立冬]とかで、もう冬だなぁ…と親父が言ってたっけ。寒い中、ちょっとディーノさんを待たせちまってる…急がねぇとな。



「山本、まだ来ねぇな」
「もうそろそろだろうよ、ボス」
今日は、山本と夕食の約束をしている。『ディーノさん、明日の夕飯は俺がご馳走しますから!』…仕事で日本滞在中の俺のプライベート携帯電話に、山本からやけに弾んだ声が届いた。「飯なら俺がフレンチレストランへ連れてってやるよ…」と言うと『ダメっすよ!今回は俺がディーノさんに奢るんです!』電話越に、必死な山本の様子が伺え、俺はプッと笑ってしまった。『冗談じゃなく、俺、ホントにご馳走しますから!明日、部活終わってから待ち合わせを…』そんな山本からの誘いを断る理由がなく、奴との待ち合わせ場所に部下のロマーリオと立っていた。
「寒っ…」
「急に寒くなったなぁ…キャバッローネのボスが、日本で風邪引いて帰国…なんてならねぇようにな」
寒風に震える俺を見て、ロマーリオが笑う。
「お前も風邪引くなよ、ロマーリオ……あっ、山本が来た!」
横断歩道の向こうには、上着のポケットに手を突っ込んでいる山本がいた。いつもなら、俺を見かけると『ディーノさん!』と、手を振ってくれるのだが…寒さで手も出ないか。
「山本も来たし…俺はホテルに帰ってるぜ」
「ああ、ご苦労だったな」
たったったっ…と横断歩道を渡って来た山本は『待たせちまってスミマセン!』と小さく頭を下げた。
「ハハッ、いいって!お前も部活があったりで、忙しかったろ?」
ちょっと赤くなってる奴の鼻を摘むと、へへっ…と笑う。
「山本、ボスを頼んだぜ」
『了解なのな!』
ロマーリオを見送り、俺と山本は近くのレストランへ入った。その店の看板には[イタリアンレストラン]と書いてある。「イタリアンねぇ…」と、俺が呟くと『この店は、全国チェーン店がたくさん有る有名な店なんっすよ』と、山本は得意そうに言いながらドアを開けた。入口近くのレジに立つ店員から案内され、俺達は席に着く。店内を見渡すと、ファミリー連れや学生、若いカップルが多い。ウェイトレスが水やメニューをテーブルへ運んで来ると『ここは、ピザもパスタも美味いんすよ!あ、パエリアもオススメっす』と、機嫌良く山本は説明する。
「へぇ〜…そりゃ楽しみだ」
『俺の奢りっすから、じゃんじゃん食べて下さいね!』
料理のメニューに、千円以上の物が存在しないイタリアンレストラン。『俺が気に入ってる店だから、一度はディーノさんを連れて来たかったんっすよ』…と山本は言う。なんだか可愛いな。
「今夜は山本武の奢りだから、遠慮なく食うかな」
『ワインも飲んでいいっすよ!…俺は何にすっかな〜』
俺達はメニューを拡げ、それぞれが好む物を頼んだ。注文してから、さほど待たずに運ばれて来る料理を互いに勧めて、分け合って食べた。
『俺、この一年、[ディーノさん貯金]やってたんすよ』
「ディーノさん貯金?」
食後のエスプレッソを飲む俺に、ドリンクバーとらやらの三杯目のジュースを飲みながら、山本は説明を始めた。
『ディーノさんにはいつも飯を奢ってもらったり、滞在するホテルに泊まらせてもらったりしてるから…少しだけど、お礼がしたかったんです。一年間、小遣いやお年玉の残りを貯めただけだから、安い店にしか連れて来られなかったけど』
中学生のくせに、こんな気遣いを…俺がこのくらいの歳の頃は、自分の事でいっぱいで、こんなにも嬉しい事を誰にもしてやらなかったよな。
『ディーノさん?』
「あ、いや、なんか目にゴミが…」
じーんとなった俺は、嬉し涙をごまかすように、エスプレッソの残りを一気に飲み干した。
『俺が稼ぐようになったら、もっとイイ店にディーノさんを連れて行くのな!』
そう言って山本は、にっこりと笑う。俺は、奴の精一杯さが堪らなく嬉しい。俺を好きでいてくれて、喜ばせてくれて…愛おしくて堪らねぇ。
「…ごちそうさま。美味かったぜ」
『ホントっすか?そう言ってもらえると、俺も嬉しいのな。あ、ディーノさんは先に出てて…俺、会計済ませて来ますから』
ガラス戸の向こうで山本は会計を終え、これまたにっこりして店を出て来た。『うわっ、寒ぃ…』と言いながら、俺の右腕に抱き着き、頭を擦り寄せてた。
「どした?」
『明日…何時頃、並盛を出発するんすか?』
「そうだな…13時くらいには出ようと思う」
俺の腕を握る山本の手に力が入っている。
『今年はもう、会えないんすよね?』
「ああ…ごめんな。去年みたいに年末に来日したかったけど、仕事が忙しくてな」
去年の俺は、年末に日本へやって来て、山本やツナ達と新年を迎えた。今年も…と考えていたが、どうにも都合がつかず、山本との約束を果たせそうにもない。
『今日、親父がディーノさんとこに泊まって来ていいって言ってくれた…』
「俺も最初からお前を帰さねぇつもりだったぜ」
ぐしゃぐしゃと山本の髪を撫でながら、俺達はホテルへ向かった。






『ディーノさん!ちゃんと髪拭かねぇと。てゆーか、裸じゃ…』
「いいじゃねーか。またベッドで第二ラウンドで、シャワー浴びるだろ」
『第二ラウンドって…』
「それより、喉渇かねぇか?」
冷蔵庫を開けて、ペットボトルを口に付けてるディーノさん。第二ラウンドって…さっき、風呂場でセックスしたばかりじゃん。身体も洗ってキレイにしたばかりじゃん。
「お前もあんだけ声出して、喉渇いたろ?」
『なっ…////』
「お前も喉潤しとけ…」
ホラ、と飲みかけのペットボトルを俺に手渡し、ベッドに寝転ぶ。濡れた金髪から、水滴が飛ぶ。黄色人種の俺とは全然違う白い肌…整った筋肉に鮮やかなタツゥー。この綺麗な身体と俺の身体が、くっついて気持ち良くなって。ドキドキする。さっき、あんなにヤッて、もう無理……とか思っていたのに俺ってば、もう一回ヤッてもイイとか考え始めてる。
「くしゅんっ!」
『ディーノさん、寒いっすか?』
喉を潤すのもそこそこに、ディーノさんの居るベッドに駆け寄る。
「ああ、寒いからお前も早くこっちへ」
『わわっ!』
グイッとベッドに引き込まれた俺は、いとも簡単に押し倒され、唇を塞がれる。『んんっ…』絡められる舌の動きに追いつけず、もっとキスが上手くなりてぇ…とか考えちまう。
『あっ、ちょっと待っ…』
ディーノさんは、バスローブの裾から手を入れ、早速、俺のアナルに指をかける。
「風呂場じゃバックでヤッたから、今度は正常位な♪」
『へっ?』
ディーノさんは機嫌良く俺の両足を自分の肩に掛け、ローションを開いた場所へ垂らし始めた。
『ひゃ…っ』
「力、抜けよ」
ぬぷっ…ディーノさんの指が入って来た。
「一発ヤッた後たから、指も動かしやすいぜ?」
ニヤリ…とディーノさんは俺の顔を見る。ちょっと悪そうな、この人のこうゆう顔に俺は弱い。「あの金髪の人、カッコイイ!」と、道行く女子がキャーキャー盛り上がる、恥ずかしいくらい爽やかな笑顔にも俺は弱かったりする。
『は…っ早く挿れ…て』
「もうちょっとな…よく慣らさねぇと」
『はぁっ…っ』
ディーノさんにアナルを弄られる度、俺のペニスは勃ち上がってくる。自分で触ろうとしても「ダメだ」と、手を止められてしまう。
「もう、いいかな…挿れるぜ?」
ディーノさんの汗ばんだ肌と濡れた髪から滴が俺に降る。俺は『早く』と言うだけでいっぱいいっぱいで。濡れぼそったディーノさんのペニスが、俺に入って来る。ビクン…と身体が跳ねるような感覚になり、シーツをギュッと掴んだ。
『あぁあっ…んっ』
「やっぱ、今夜は二回目だから挿れやすい…つーか、お前、セックス上手くなったな」
『えっ?』
上手くなったって…俺、こうゆう事、ディーノさんとしかやってねぇし、回数だって片手くらいだし…上手いも何もないかと。そう考えながらも、褒められたみたいで嬉しくて、つい素直に答えてしまう。
『ホントっすか?…ディーノさんの事、俺、満足させられてますか?』
「ああ、サイコーにな…でも、将来が心配だな」
俺の髪をかき上げながら、またちょっと悪そうに笑う。
「テクニックが向上して、男誘うようになったら困るなぁ」
『そんな事するような俺じゃな…いっ…あぁあっ!』
「イイ声だよな…ホント、将来が心配だぜ」
グチュ…と、やらしい水音がして、俺は身体の奥まで気持ち良くなる。腰を動かして、俺もディーノさんもすごくすごく感じ合えばいい。今年はもう会えない。ディーノさんの仕事が忙しいんだ。仕方がねぇ。年明けまで二ヶ月もない今だって、こうして会っているんだ…我が儘なんて言えない。
「山本…俺を信じろ」
『…え?』
ディーノさんの指が、俺の涙を拭った。
「来年、また来るから。俺達は、離れていてもやってける…やっていけるんだ」
『ディーノさ…うん、ディーノさん…うん』
俺達は互いの背中に手を伸ばし、一緒にイッて、いっぱいキスして、ちょっと泣いて、その後はなるべく笑って、話しして……次の日の昼近くまでそうやって過ごした。






ホテルから俺の家までディーノさんの車で送ってもらった。「武がお世話になりまして」と頭を下げる親父に『いやいや、こちらこそ息子さんにご馳走になりまして』とディーノさんが挨拶して、あっという間に別れの時間。空港まで見送れねぇから、ここでサヨナラだ。ディーノさんが俺に握手を求める。
「また来年な。学校とか野球とか頑張れよ」
『ん、ディーノさんも風邪ひかねぇように…仕事、頑張って下さい』
また会う約束の握手は、なんだか暖かく、胸がトクン…となった。ああ、来年にはまたこの大好きな人と必ず会える…そんな励みになるような暖かさだった。空港へ向かう車を小さくなるまで見送り、俺は家へ入った。
「武、お前、昼飯は?」
自分と通いの職人さんの昼の支度をしながら、親父が尋ねて来た。
『昼飯なら、ディーノさんにご馳走になった。』
「そうかい、そりゃ良かったな」
『ん、…ちょっと夕方まで寝てるわ。夜は店を手伝うからよ』
とんとん…と階段を上がる俺に「ゆっくりしろ」と親父が言う。布団に寝転ぶと、目の前少しだけ滲んだ。
『来年に会える事を励みに、すべてを前向きに』俺の目標…毎日、自分なりに色んなものを積み重ねて、次にあの人に会う時は今日よりも笑っていたい。

END

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