小説2

□気がつけば冬が来ていた
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『なあ小僧、珈琲が旨い季節になったぁ』
「お前にも、珈琲を味わう余裕が出来たか?」
『ん、おかげさまで』
決して上品とは言えない動作で、カチャリ…とカップを置き、向き合う俺に軟らかく笑う。未だカップに添えられているその指は、野球と剣術に明け暮れた証しのように、ゴツゴツと頼もしい。この男と指を絡めると、一日たりとも無駄に過ごす事なく生きてきた生真面目さのようなものを感じる。
『どした?小僧。急に指なんて絡めて…あ』
「お前の指は冷たくて気持ちがいいな」
『小僧、熱いぜ!…熱あんじゃねぇか?』
身を乗り出し、俺の額に掌を宛て、困惑したような表情をする。
『風邪じゃねぇの?ベッドに…』
俺の額から手を離した奴は、くるりと背を向け、寝室へ向かう。
『布団はOKだな…後は水枕!』
寝室から出て、キッチンの冷凍庫を漁る。
『なあ、小僧。珈琲はもうやめるのな』
独特な奴の口調で、珈琲を啜る俺を止めている。ガキの頃から変わらぬその緩やかな物言いに、自然と従う俺がいる。
『ちゃんと熱が下がったら、珈琲煎れ直してやっから…今は寝ような』
そう言いながら俺の手を取り、ベッドへ誘導する。
『俺の手まで熱くなってくるのな…小僧、カッコつけすぎなのな』
「お前の前でカッコつけなくて、いつカッコつけるんだ?」
『ハハハッ…なんだそれ』
ベッドの横にひざまづき、俺に軟らかく笑いながら言葉を続ける。
『熱がある時くらいは、だらけていたっていいんだぜ?カッコイイばかりの小僧じゃなくても、俺、好きだから』
サラリと言いやがって。『あ、また熱くなってんじゃん!』
俺の手を握りながら、あわてふためく。
「お前のせいだ、山本武」
『ん?』
お前の看病で、俺の熱はすんなり下がるだろうか?

霜月の寒さを利用して、山本武を独り占め。



END

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