小説2

□招幸運
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街路樹が金色に色付き始めたこの国の十月も、もうすぐ終わる。「今年の日本の秋は、例年より暖かく日中は汗ばむ…」と、人々は多少戸惑ったように話している。
『ちわーっす!』
「や、やまもと?」
俺の部下の一人に付き添われて、山本武が部屋の入口に立っている。
『今日は早く学校が終わったんっすよ…部活も無いから、遊びに行きませんか?』
学生服に鞄を肩から下げた奴が、予告もなしにやって来た。仕事と休暇を兼ねての日本滞在中、俺が利用している並盛の町にあるホテルの部屋に、俺の稼業であるマフィアの[日本の弟分]の一人の山本武が、ひょっこり現れた。
「へぇ〜…部活ないんじゃ、暇で仕方ねぇだろ?」
『暇っすよ、すげぇ暇!…でも、こうしてディーノさんに会いに来れるから、今日は暇でもいいかも!』
「俺は暇潰しかぁ?」
『へへっ』
おどけたように笑う、奴の短く切られた黒髪に、そっと手を伸ばす。犬の子が尻尾を振って喜ぶようなその姿に、目を細めずにはいられない。
『ディーノさん、俺、付き合ってほしいとこがあるんすよ』
「今からか?」
窓の向こうには、陽が傾きかけていた。秋の夕日は綺麗だが、見とれている内にあっという間に暗くなってしまう。
『そうなんすよ!もう、行かないと閉まっちまうし!』
奴は早口でしゃべりながら、椅子に掛けてある俺のジャンバーを掴み、手を握って『早く行きましょう!』と、ホテルから俺を連れ出した。



「なぁ、山本…そんなに忙ねぇとダメなのか?」
俺の手を握ったまま、スタスタと人込みを歩いて行く山本武。
『もう、時間がぎりぎりなんすよ!』
山本は一人焦った様子で、ただ前を向き、足を速める。外国人男性の俺と、中学生男子が手を繋いで歩く光景は、この町では目立つのだろう…「あれ、山本君じゃない?金髪の外人と歩いてるじゃん!」…山本と同じ学校の女子生徒が、興味津々で俺達を見ている。[並盛中の人気者]な奴が、俺みたいな外国人と手を繋いで町を歩いていれば、自然と目立つ。でも、山本はそんな彼女等の言葉なんて耳に入っていないようで、ひたすら夕方の町を歩いて行く。
『もうすぐなんすよ……あ、見えて来た!』
「え?」
ホテルから15分ほど歩いた、人通りの少なくなった道の左前方に、小さな[神社]が見えた。
『ぎりぎり開いてて良かったっすよ…』
ふぅ…と一息つき、繋がったままの俺の手をぐいっと引っ張り、神社の敷地へ足を踏み入れた。
『えーと…先ずはお手水で、手を洗って』
石の箱から湧き出ている水で手を洗って、俺と奴は石畳を歩き、小さいけれどきらびやかな神殿の前に立つ。
『あ、おさい銭…』
山本は自分のポケットから何枚か小銭を出し、半分を俺に渡した。
『前に…正月にもこうゆう神社に来た事あるから、やり方、解りますよね?』
「ああ、この小銭を箱に投げ入れて拝むんだろ?」
『ハハハッ!まあ、そんなとこっす…』
チャリン、チャリン…と[賽銭箱]とやらに投げ入れ、俺達は手を合わせて目をつむる。こうゆう時は、願い事を幾つか頼んで……俺のファミリーが繁栄しますように、友人・知人が皆幸せでありますように。俺はこの国の神様の一人に、月並みだけど自分と周りが、笑って過ごせるように願った。
『ディーノさん、願い事、出来たっすか?』
山本の声がして、目を開けると、覗き込む奴の笑顔があった。
「ああ、バッチリ!」
『そりゃ良かったっす!俺もバッチリっすよ』
ニコニコする山本と神殿の階段を下り、小さな売店で[おみくじ]を引いた。小さな袋には[招き猫]という縁起物の猫の絵が描かれていて、中にはおみくじと指先ほどの招き猫が入っていた。
『ディーノさんは…大吉じゃないっすか!』
やたらと感激してる山本に俺は笑ってしまった。
「大吉って、1番イイんだっけ?」
『そうっすよ!ラッキーっすよ、ディーノさんは。俺は……小吉』
「小吉って?大吉より良くねぇの?」
『まあ、大吉よりは良くないっすけど、落ち込む程じゃないっす……地道な努力かぁ』
自分の引いたおみくじを読み込み、一人頷いている山本。奴は、何を願って何を目指しているのだろう……俺がこれくらいの歳の頃は、もっとシケていたような気がする。
『ディーノさんのおみくじは、財布にでも入れておくと良いっすよ…俺のは、運が良くなるように、神社に結んで行かなくっちゃ!』
おみくじの紙を丁寧に折りたたみ、たくさんのおみくじが結ばれている場所に、自分の分も添えていた。『よし!』と一言呟きながら、クルリと振り向く。
『もう、ここも閉館時間っすから、出ましょう』
「ああ、そうだな」
山本は、入って来た時みたいに俺の手を握って、出口へ向かう。「ありがとうございました」と、閉館の片付けをしている神社の人間が声が聞こえた。



『あの神社は、縁結びで有名で…』
「へ?縁結びって……なんでお前、早く言わねぇんだよっ!」
俺は、自分のファミリーや友人達の繁栄を、ただ純粋に願って終わってしまった…[縁結び]と知ってりゃ、お前との微妙な恋仲の充実を願ったのに。
『ディーノさんの事だから、キャバッローネファミリーの家内安全とかお願いしたんじゃないっすか?』
図星だ。ちょっと悔しくなった俺は「じゃあ、お前は何を願ったんだ?」と詰め寄った。
『んー…野球が続けられますように、親父の商売が上手く行きますように、ツナや獄寺や野球部の奴らとずっと友達でいられますように……かな』
「へぇ…って、それだけかぁ?」
『後は……えーと』
「えーと?何だ?」
『今日こそは、ディーノさんとキス出来ますようにっ』
「山本っ…お前」
暗くなった夜道でも、奴が真っ赤になってるのが判る……微妙な俺達の関係も、一歩、進めてもいいんだな。
「山本…」
俺は人通りが無いのをいい事に、山本の頬を両手で包み、キスを落とした。
『んっ…』
軽くしただけなのに、ますます真っ赤になって…可愛いな。
「ファーストキスだった?」
『…うん』
山本の初めての口付け相手が自分…ってゆうのは、なんだかラッキーだな。さっき拝んだ神様に感謝だな、と俺は気分が良かった…こうゆうのは、おこがましいってゆうのかな?
『ディーノさん、俺、今日はもう帰んねぇとだめだから…でも、明日、明日も学校と部活が終わったら、ディーノさんのホテルに行っていいっすか?』
「ああ…」
俯いたまま、必死に言ってる奴が愛おしい。
「明日の夜は一緒に飯を食おう」
『マジっすか?』
歳相応の笑顔でそう反応されたら、ここでの滞在中、もう一歩進めたくなっちまうな…まぁ、無理だろうけど。
『あ、そうそう、ディーノさんの招き猫、何色でしたか?』
俺は、おみくじの袋に入っていた小さい猫を思い出し、袋から出してみた。
「ピンクだな」
『俺と同じっすよ!ええと、ピンク色は…』
招き猫とやらと一緒に、袋に入っていた用紙を見て山本は、また顔を真っ赤にした。
「なんて書いてあるんだ?」
『ピンク色は…縁結・良縁招来って書いてある』
「俺達にピッタリって事だな…ハハハ」
『うわっ、ディーノさん恥ずかしい事言って…』
掌のピンクの招き猫を見て、奴とはもう一歩、進んでもイイのかも…と、御利益とやらを都合良く受け取らずにはいられなかった。



この国の小さな神社の小さな神様に感謝。



END

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