小説2

□夏物語
1ページ/1ページ

貴方の憂鬱も不機嫌さも、愛おしく切ない。

夏の終わりの暑さが、僕等を焦らせる。



『骸ー!風呂場、掃除しといたかんなー!』
気の利いた行為と、いつもよりぶっきらぼうなイントネーション。
『骸ー!聞いてっか?』
「はい、武、ちゃんと聞いてますよ。ありがとうございます」
バタバタと廊下を歩き、溜め息をつきながらソファーに座る貴方に冷茶を薦めると『ありがとな…』と、いつもより元気のない笑顔。グラスを受け取る指先が、些か熱いですね。一気に飲み干すと『冷てぇ…スッキリするなー』と貴方は潤う。伏せ目がちな瞳の瞼や、その上の額にうっすら汗をかいて。
『んー…次は、どこ、掃除すっかなぁ』
微熱と怠さで辛いなら、大人しくしていれば良いのに。
『あ、もう昼じゃん!飯でも作るか』
「お昼ご飯なら、僕が作りましたから」
『あー…なんか悪ぃな。サンキュ、骸』
「何言ってるんですか…僕の家に遊びに来てくれた武が、家事をやる必要なんてないんですよ?」
僕の言葉に、きょとんとする貴方。
『ははっ……なんかさ、動いてねぇと、落ち着かなくてさ!頭痛ぇのに、変なのなー…暑さの所為かなぁ』
そう言いながら、力無くソファーに沈む…今朝、電話も無しにいきなり訪ねてきて、僕に擦り寄ったかと思うと、頼んでもない掃除を始めたり。身体の火照りを指摘すると『何でもない…平気』と、ごまかしたり。僕と二人きりで居る時も、いつもポケットに忍ばせている携帯を、今日は持っていないのですね…あの黒猫からの呼び出しの電話が、待ち遠しくないのですか?…それとも、黒猫とケンカしましたか?





『骸ー…この蟹炒飯、胡椒効き過ぎなのなー』
テーブルを挟んで向かい合いながら、僕の調理の下手さを指摘して…きちんと食べてくれるという事は、まずくはないのですよね?
『ごっそーさん!』
平らげた皿を流しへ持って行き、洗い出す律儀さ…急須と湯呑みを用意して、緑茶まで煎れてくれる。熱いお茶を片手に、僕の隣に座り、肌をくっつけてくる。
「武…」
耳元で囁くと、ぴくりと反応する可愛い貴方。
「氷嚢を用意しますから、ベッドで寝ましょうね」
その艶やかな髪を撫でながら、囁くと『ん、そうする』と、ようやく素直に頷く。秀でた額に氷嚢を乗せ、タオルケットを掛けると『親父みたいなのなー』と、僕を見上げる。
「貴方が病気の時は、お父さんがこうして看病をなさるのですね?」
『昔はなー…今は滅多に熱出さねぇし、寝込んでも流石に放っておかれるしなー』
ぽんぽん、と背中を叩くと『ずっと、やっててほしいのなー…』と力無く呟きながら、僕の手を握る貴方。

ヒバリ…コノテヲ、オレカラハナサナイデ。ドンナリユウヤ、ヨウジガアッテモ、オレヲ、ツイデニカンガエナイデ。タノムカラ、ヒバリ………。

食後に飲ませた鎮痛剤が効いてきたのか、眠りに入りそうですね…あの黒猫に、どのようにあしらわれたのですか?
「武…」
僕なら、何よりも貴方を大事にするのに。
『…骸』
「武、僕はずって傍にいますよ」
『ありがとな……ごめんな』
そう言う貴方は、幼子のように僕の手に縋る。





熱にうなされながら見る夢には、貴方に優しくしながらも、酷く冷たい黒猫が居るのでしょうか?一度でも、貴方を誰よりも想う僕が出て来た夢はありますか?


熱が下がれば、貴方は家へ帰り、暫くは僕の元へは来ない。


そして、貴方とあの黒猫との、ぎこちなく切ない日々が積み重ねられる事でしょう。
「武…」
夏の終わりの暑さが僕を焦らせ、貴方のその首筋に両手を持って行き……一思いに。
「ふっ…貴方を手に掛けるなんて、出来るわけがない」
貴方が握りしめている、その熱い手が、僕の狂気を抑えているのでしょうね。


今の僕は、あの黒猫の代わり…この暑さの中では、狂気と正気は紙一重。



END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ