小説2

□NostalgiaB〜空色の長靴〜
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ずっとずっと前に、大好きだったあの人がくれた、空色の長靴は、何処へいってしまったのだろう?

雨上がりの午後に、一度だけ履いた空色の長靴。










山本武に用事があって、わざわざ教室へ呼びに行っのに、2年A組の群れに彼の姿はなく、僕の一番近くにいた草食動物に尋ねると「山本は風邪熱で早退しましたっ!」と、びくびくしながら答えてくれた。僕は、山本の事情が判り、教室を出ようと踵を反すと「野球馬鹿に何の用だっ?!」と、吠える全身校則違反な生徒と「わわっ!雲雀さんっ!」と、青くなっている小柄な生徒がいた。こいつらは、山本武とつるむ確率の高い、獄寺隼人と沢田綱吉だ…すれ違い様、文句じみた言葉が飛んで来たが、僕は二人を無視し、応接室へ向かった。本日の風紀委員会の仕事を、副委員長の草壁に引き継ぎ、僕は山本の家へ行く事にした。今にも泣き出しそうな空模様。降られないうちに、あの子の所へ行かなくちゃ。



【竹寿司】の側まで来ると、職人である親父さんと従業員が、忙しそうに店を出入りしていたから、僕は外壁を上がり、二階の山本の部屋の窓から入ってみた。病人を気遣って、そっと入ったつもりだけど、寝ていた山本に気付かれ、起こしてしまった。
『雲雀っ!窓から…どーしたんだ?』
「君が風邪熱で早退したって聞いたから、様子を見に来たんだよ。あと、野球部の書類を…」
『見舞いに来てくれたのなー!』
「いや、書類を届けがてら、様子を見に来ただけだから、見舞いじゃないよ」
『雲雀が見舞いに来てくれるなんて、俺、すげー嬉しいのなー!』
…いつも思うのだが、この子は、僕の話しを聞き入れる事が出来ないのだろうか?
『あ、親父にお茶持って来てもらうから……ゴホゴホッ』
「いや、いいよ。従業員さんと忙しそうに仕事なさっていたからね」
僕は、途中のコンビニで仕入れたお茶とスポーツドリンクを袋から出して、片方を山本に渡した。
『ドリンク、ありがとな!やっぱ、見舞いに来てくれたんだろ?』
「しつこいね…様子見に来ただけだってば」
赤い顔をしながら、ニコッと笑い、スポーツドリンクを飲む山本…僕は、つい、その熱い額に手をあてる。
『冷てぇー…冬じゃねぇのに、雲雀の手は冷てぇのな』
「君の熱が高いからだよ」
『雲雀は年柄年中、体温低いじゃん』
「君は温かいよね…おかげで、君を抱いた後は、血行が良くなるよ」
『えっ?!』
山本の顔は、益々赤くなる。
「本気にした?」
『いやっ…んな事ねぇ////』
山本の額から、手を離そうとすると、熱い彼の指が僕の手を止めた。
『冷たくて気持ちいいから、このままで…な?』
熱を含み、潤んだ瞳で見つめられると、この子から手を離す事なんて出来ない。ゆっくりと布団に落ちる彼の頬や首筋に手をあてる。
『ホント、気持ちいいのなー…』
目を細め、うとうとし始める山本。

『……さんみたいだ』

「なに?」
僕が尋ねても、山本は何も言わず、目を閉じた。










いつの間にか、窓を叩く雨の音がしていた。せっかく寝付いた山本が、雨音でまた目を覚ましてしまった。
『雨かぁ…』
「うん、降り出した」
『…なぁ、雲雀。長靴って、いつから履かなくなった?』
「は?」
『長靴。ちびの頃って、雨の日は長靴履いてたじゃん』
「そうだね…幼稚園の頃までは、履いていたかもね」
『幼稚園!…雲雀にも、幼稚園に通っていた時代があったのなー』
「…当たり前でしょ」
『なんか雲雀って、ずっとずっと中学生って感じがすんのなー!』
「君がそう思うのなら、ずっと並盛中生でいようかな」
『ハハハハッ!今日の雲雀は面白いのなー!…ッゴホゴホッ』
「ほら、騒ぐと熱が下がらないよ」
僕はまた、山本の頬に手をあて、冷やしてみた。僕の手の冷たさに、心地良さを感じたのか、目をつむり、ゆっくりと息を吐く。
『最後にな…最後に履いた長靴、空色のヤツで、雨上がりの日に履いて遊びに行ったんだ…一回だけ』
「そう」
『確か、駅前商店街の靴屋で買ってもらったんだ…母さんに』
「お母さんに?」
『死んだ母さんに、最後に買ってもらった物なのに…あの長靴はどうしたんだろう?捨てちまったのか、どっかに仕舞ってあんのか…』
山本は天井を見つめながら、呟いていた。その視線の先は、僕の知らない彼の幼い日々の―――。



「きっと、親父さんが大事に取っておいてくれてるよ」
『そーかなぁ…』
「そうだよ」
喋り疲れた山本は、すうっと目をつむる。
『ありがとなー、雲雀』
「なにが?」
『見舞いに来てくれて、いっぱい話し聞いてくれて』
「だから、見舞いじゃないって…」
熱のせいか、うっすらと涙目になっている。
『雲雀の冷たい手、気持ち良くて、母さんみてぇだ…』
最後にそう言うと、消え入るように、山本は眠りについた。



それから少しして、雨は止み、僕はそっと窓を開ける。
「君の空色の長靴、きっと見つかるよ…」
眠る山本に、僕は小さく別れの言葉を伝え、彼の部屋を後にした。雨上がりの夜空には、少しだけ星が見えるような気がした。明日もまた、君の様子を見に来よう。今日より、元気になってるといいね…。



END

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