小説2

□NostalgiaA〜野原に降りしきる雨の中で〜
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曇り空を見ていても、イライラしなくなったのは、いつからだろう?



テスト前の日曜日。補習常連生徒の山本武は、寿司職人の親父さんお手製の弁当を持参して、朝から意気揚々と僕の家へやって来た。テーブルにノートを広げ、僕を見つめる山本…笑顔が引き攣ってるよ。
「苦手な科目は?」
『んー…ほとんどなのなー』
教科書を開いた山本は、あっけらかんと答えた。テストは五教科…今日一日で勉強の苦手な彼に叩き込むには、一教科20分くらいで切り上げてやらないと集中力が持たないだろう。
「来年は受験だけど、君はどこの高校へ行きたいの?」
『んー…野球が思いっきり出来る学校だな!なるべく、甲子園目指してるとことか…』
「特待生制度も危うくなって来たから、野球推薦だけで受かろうだなんて、考えない方がいいよ」
『へぇー…雲雀って、物知りなのなー!』
「…君は、ニュース観ないの?」
『テレビ自体、あんま観ねぇのなー』
ニカッと笑いながら、僕を見上げる無邪気な表情に、ため息しか出ない。
『あ、理科の十問、書けたぜ!…合ってっかなぁ?』
採点する僕の手元を見て、ドキドキしている山本…口をキュッと結んで真剣な眼差し。
「全問正解」
『やりぃ!』
「一応、全教科やったけど……これで点数悪かったら、どうなるか解ってるよね?」
『えっ?…あ、あぁ、とにかく頑張っからな!』
山本は、そそくさと教科書やノートを片付け、テーブルを拭く。
『昼飯、食おうぜ!』
持参した寿司弁当を広げ、緑茶まで煎れている…ウチの台所、なんで使いこなしてるの?










昼食を済ませてから、僕等は傘を持って家を出た。午後の降水確率は、30%らしい。
『なんか、蒸すな…』
山本はそう呟きながら、傘を持たない方の手で、自分の首筋の汗を拭う。
「梅雨の中盤だからね」
『ここんとこ、よく雨が降るからよ、ウチの部も室内練習ばかりでつまんねーのな!』
眉間に皺を寄せ、不満げに話す山本。僕は、彼のおしゃべりを聞きながら、曇り空の下を歩いた。それぞれ、キレイに畳まれた無機質なビニール傘を片手に、蒸し返す湿度の中、ひたすら歩く。



40分も歩いただろうか。町外れの野原が見えて来た。
『雲雀は、此処へ来た事あるか?』
「何度か。かなり昔にね…」
『昔って…俺等、まだ中学生なんだから、昔って、なんだか変だぜ?』
首を傾げながら、僕を見る山本。そして、ニッと笑う。
『雲雀って、時々、面白れぇのなー!』
「…そう?」
君のよく言う『面白い』は、僕には永遠に理解出来なそうだ。
『此処な、来年にはマンションが建つらしいのな』
「知ってるよ。並盛町広報に載っていたよ」
『雲雀、すげーのな!広報って、大人しか読まねーものかと思ってた』
「ウチの風紀委員会では、読むのは当たり前なんだけど」
『ハハハッ!風紀委員会は、ホントに並盛町が好きなのなー……雲雀は、自分の町から、こうゆう所がなくなるって、寂しくねぇか?』
「仕方ないよ」
『…仕方ない、なのなー』



町外れの野原の向こうにはバイパスがあり、山本は行き来する車をしばらく見ていた。スラリと真っすぐな彼の身体が、野原の緑に溶け込んでしまいそうに見える。
『あっ、蛙が鳴き出した!』
「雨が降るね」
僕がそう言うと同時に、パラパラと雨が降り出した。傘をさした僕等は、どちらともなく、来た道を歩き出した。
『さっきまで、蒸し蒸ししてたのに、寒くなってきたのな』
「シャワー浴びて行きなよ」
『ん、そーする』
ニコリと笑う山本は、もう一度、野原を振り返り、何かを呟いていた。雨足は強くなり、家に着く頃には、僕等の足元はぐしゃぐしゃに濡れていた。湿って重くなった靴を脱ぎ、バスタブの蛇口を捻りに風呂場へ急ぐ僕に、山本が何か言っている。

『風呂、一緒に入んねぇ?』
「はじめから、そのつもりだけど?」



外は雨…あの野原に降る雨は、来年には見られない。野原の蛙の子孫達は、次の年には何処に居るのだろう?一年後の僕等は、梅雨空の下、並んで傘をさして歩くなんて事をするのだろうか?



梅雨真っ只中の雨音は強く、雨戸や外壁を叩く。『すげぇ降ってきたな』こんな豪雨な中、彼を帰すわけにはいかないな…風呂場のタイルの冷たさを足裏に感じながら僕はぼんやり思った。



END

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