小説2

□Nostalgia@〜魚の型のビスケット〜
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魚型のビスケット。通り過ぎるバスの埃。空色の長靴。雨蛙の鳴き声。道端の桃色に色付く朝顔。坂の向こうのバイパス。



小さな君が泣いていた、あの野原は今もあるの?










『今日は暑かったのなー』
「そうだね」
『部活の後のシャワーとアイスは最高だったぜ』
「ふぅん…で、君は一度帰宅してから、また学校へ来たの?」
シャワーを済ませたばかりだという山本武は、石鹸の香を漂わせながら、ひょっこり応接室に姿を見せた。
『うん、雲雀に会いたかったから』
校則改正の起案書類を一日中作成していた僕の疲れを和らげるかのような言葉…たまには、こうゆうのも悪くない。
『あのなー、雲雀ぃ』
山本は、持参した紙袋をガサガサと漁った。
「なに?」
『んー…コレ!』
彼が取り出したのは、ビスケットの袋。白い袋にやたらと横文字。バッケージからして、輸入物らしい。
『コレ、俺ん家の近くの菓子屋で売ってんの。ガキん時、よく買ってたのなー』
「へぇ…久しぶりに買ってみたってわけ?」
『うんうん、雲雀と食べようかと思ってなー』
彼は機嫌良くハサミで袋を切ると、ニカッと笑いながら魚の型をしたビスケットを一つ取り出し、僕の口元に差し出した。
「………」
僕は憮然としながらも、差し出された魚の型のビスケットを食べた。山本も、自分の口に放り込む…もぐもぐと口を動かしながら『?』と首を傾げていた。
『…あんま、旨くないなー』
「そうだね」
『ちっせえ時は、旨かったのになー』
「味覚は変わるからね」
旨くない…と言いながらも、彼はまた一つビスケット食べていた。首を傾げながら、また一つ。何かを考えながら、僕を見ようともしないで、口を動かす。心此処にあらず…な君なんて、僕と居る時にしては珍しいね。
「お茶でも煎れようか?」
『へ?…あ、サンキュ!』
彼はパッと僕を見て、魚の型のビスケットを食べるねをやめた。掌を叩いて、ビスケットのカスを払い落とす仕草は、どこかあどけない。

湯気の立つ紅茶のカップを渡すと、彼はいっちょ前に香を愉しみ、茶葉の名前を当てた。『へへっ、俺、味覚はイイのなー!』…少しは、僕の教育が実ってるようだね。
『なぁ、雲雀…今度の日曜日って、俺、部活休みじゃん?』
「うん、テスト前だからね」
『勉強、見てほしいのな』
「いいよ」
『んで……少しだけでいいから、付き合ってほしい所があるのな』
「うん」
テスト勉強よりも、君の言う『付き合ってほしい所』の方がメインなんだろうね。
『お茶、ごっそさん!カップ洗ってくっから、一緒に帰ろうな』
山本はそう言いながら、僕と自分のカップを流し台へ持って行き、慣れた手つきで洗っている。



決して美味しいとは言えない、魚の型のビスケットには、君のどんな想いが詰まってるの?



『終わったぜ!』
「僕も用意出来たよ」
僕等は応接室を後にした。時効は、もう20時を回っていた。



END

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