小説

□スイセン
1ページ/1ページ

俺ん家の小さな裏庭の一画に、スイセンの花が咲いている。毎年、十月下旬から芽を出し、年末辺りから徐々に咲き出す。真ん中が黄色で花びらが白いスイセン。親父が、ちょこっとだけ手入れをしてやると、後はどんどん勝手に増え、真冬に咲き乱れるようになった。

『親父ー!スイセンさ、何本か貰っていいか?』
「おう!ついでに、店に飾る分も、数本切っておいてくれぃ!」
『ん、わかった!…花挟借りるなー』

サクサク…。スイセンの茎を切る音は、俺の耳には心地良い。サクサク…。どこか潔い響きで、鋏を動かすのも楽しい。スイセンは茎を切ると、トロリ、と水が出てくる。この水分の呼方はわからねぇけど、軽くヌルッとして、なんだかイヤラシイ……なぁんて、馬鹿な事を考えながらスイセンを切り終える。店に飾る分を親父に渡す。
「いい匂いだなぁ」
『ん、香水みたいな…』「母ちゃんも、このスイセンが大好きだったなぁ」
着物のよく似合う色の白い女性だった。
『俺、母さんがスイセンの簪(かんざし)をしてたの、なんか覚えてる』
「ほぅ…小さかったのに、よく覚えてたな」
『綺麗だったから…』
「あぁ、綺麗だったな」



庭のスイセンは、母さんが死んだ次の年くらいに、親父が知り合いから分けて貰って植えた。初めて花を咲かせた時、俺は自然と母さんの簪を思い出した。スイセンに顔を近付け、そっと匂いをかいだ。…もしかしたら母さんの匂いがするかも、と思ったから。



「武、切ったスイセンは誰かにあげるのか?」
『あ、うん。獄寺んとこに持ってこうと思って』
「獄寺君へ?」
『あいつ、一人暮らしで部屋が殺風景だし、煙草吸ってっから、部屋が燻臭くてなー』
「ははっ!じゃあ、早く持ってってやりな!」
『ん、行ってくるな!』



切ったスイセンを新聞紙に包み、俺は獄寺の家へ向かって歩く。

花なんて、獄寺は欝陶しがるだろうけど、絶対飾ってやろう。

花瓶なんて無いだろうから、百均で買って行かなくちゃな…獄寺の好きな菓子やジュースも一緒に持って行ったら、少しは機嫌良くなるかな?。



ついでに、母さんの話もしてみようか。

スイセンと簪と母さんの話を。



fin

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ