小説

□ゆるやかな一月の黄昏に
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久々に暖かく、過ごしやすい年明けの夕方。
野球馬鹿から電話で呼び出され、俺は土手へ来ている。
時効は、16:05…。
コンクリに座り込むには冷たくて、俺は突っ立ったまま煙草を吹かす。
俺が今、吸っているのは最後の一本…あの馬鹿、買えたかな?

『獄寺ー!』
呼び出した張本人が、ようやく到着…ガキみてぇに手を振りながら走って来た。
奴の黒髪が夕日に照らされて、いつもより明るい色になっている。

『遅れちまって悪ぃ!』
呼び出しておきながら、待ち合わせ時間に5分も遅れてきやがって。
「遅ぇよ!この馬鹿っ!4時に待ち合わせだったろーが!」
『悪ぃ!急な用事が入っちまってな!ははっ!』
「笑ってんじゃねぇ!…っんとに!」
『まあまあ、そう怒るなって!ホラ、缶コーヒーと煙草な』
「…おうっ」
奴の手から缶コーヒーと煙草を貰い、箱から一本取り出す。
『煙草、自販機で買うの、すげぇ緊張したのな!獄寺、中学生なのに、いっつも補導されねーの?』
煙草に火を点ける俺は、奴の言葉を聞き流す。
『コーヒーも冷めないうちに飲めよ!』
「ああ…」
パキッ、とプルトップを開け、一口啜る…ちゃんと俺好みの無糖コーヒーだ。
『旨い?』
「まぁな…」
『良かった良かった!ホント、待たせちまって悪かったのな』

「…んで、こんな所に呼び出して、何の用だよ?」
『んー…用って程じゃねんだけどな』
「あぁ?用もねーのに、呼び出しただとぉ?」
俺は、奴の足元に軽く蹴りを入れ、睨んだ。

「?」

いつもは俺が怒ると、イテー!とか言いながら、窘めるようにヘラヘラ笑ってやがるのに、今日はやんわりした表情で、こちらを見ている。
「なんだよっ」
『んー…なんだよ、と言われてもなぁ』
くるり、と向きを変えた奴の顔が、オレンジ色に鈍く染まる。
俺は少し、イラッときたが、奴の言葉を聞き続けた。

『この土手から見る夕日…今日、見てるこの夕日は、今日だけのものなのなー』
「あぁ?」
この馬鹿、いつもに増して訳のわかんねぇ事、言ってやがる。
『んーとな、今、見てる夕日は、昨日や明日の夕日とは違うって事なのなー』
「当ったり前だろ!一瞬一瞬、同じ事なんて何一つねーんだよっ!」
『そう、それ!俺、それが言いたかったのな!』
ぱぁっと、弾けるようないつもの笑顔…俺は奴の表情に安心する。
『やっぱ、獄寺は頭イイのな!』
「何、言ってやがんだ…馬鹿がっ」

奴のいつもの笑顔も束の間……また、あのやんわりとした表情になる。
こいつの柔らかな表情は、他の人間が見たら[癒し]と思うだろうが、俺は奴にこんな顔をされ、何故だか焦る。

この焦燥感は、何処から来るんだ?





『なあ、獄寺…』
「なんだよっ…」
『今見てる、この景色、忘れないでほしいのな』
「あぁ?何言って…」
『キレーだし、二人きりだし…大人になっても忘れないでほしいのなー』

えらくクサイ事を言いやがって…へへっ、と照れて……この馬鹿はホントに。
『な?…獄寺、聞いてっか?』
黙って俯く俺を、体を傾けて覗き込む奴…角度がヤバイだろ。
「オラッ!帰っぞ!」
馬鹿の手を、グイッと引きながら、歩き出す俺。
『獄寺?』
「いつまでも、こんな所にいると風邪ひくだろっ!」
『クシュン!』
「ホラ見ろ!おめーが風邪ひいたら、あの過保護オヤジが心配すんだろっ」
『ははっ!獄寺、よく解ってんじゃん』
「うるせー…」
俺は奴の手を引いて、土手を歩く。
奴がたわいもない話をする中、俺はテキトーに相槌を打ちながら歩く。



『ありがとな、獄寺』
分かれ道で、奴がまた、あの、やんわりとした表情を見せた。
「………」
『俺、お前が言った、一瞬一瞬がに同じ事はない…って言葉、好きだぜ』
「何言ってやがる…てめー」
『好きなものは好きなのな』
「…んな、顔してんじゃねーぞ」
『ははっ!…獄寺の怒りっぽいとこ、大人になったら直っかな?』
「直すかっ!」
『…ん、直さなくってもイイか。じゃーな、獄寺!』
野球馬鹿は、そう言いながら、背を向けて帰って行った。
俺は、三本目の煙草に火を点けながら、奴の背中を見送った。
俺よりも背が高く、スポーツをやっているだけあって、引き締まった身体…悔しいくらいに頼もしい奴の背中が、なんだか心細い。
ケータイの時計を見ると、時効は、16:30になっていた。





俺は自宅に戻り、面倒な夕飯を作ろうと、冷蔵庫を開けた。
缶コーヒーが目に付き、そういえば、あの馬鹿に煙草代を渡してなかった事を思い出した。
明日から新学期だから、朝になったら渡そう……そう思った瞬間、ケータイが鳴った。
着信を見ると十代目からで、急いで出る。





「………十代目、申し訳ありませんが、もう一度、おっしゃって下さいませんか?」

「獄寺君…本当なんだよっ!」

電話越しの十代目の声は涙まみれに掠れている。

ケータイを握る俺の左手が、汗ばんでいる。

「山本、今日の3時頃、部活帰りに野球部員四人で大通りを歩いていたら、トラックが列に突っ込んで来て…」

十代目、冗談はよして下さいよ…俺、アイツと4時過ぎに、土手で一緒だったんすよ?

「一番、トラックに近かった山本がっ…」

アイツが買って来たコーヒー飲んで、アイツに頼んで買って来てもらった煙草も吸って……そうだ、煙草の箱が証拠ですよ!

「他の三人は軽傷だったけど、山本がっ……山本だけがっ」

ほら、三本しか吸ってない煙草の箱が、アイツと一緒に居た証拠ですよ。

「山本だけが死んだなんてっ!」















「十代目ー!花、買って来ました!」
「あぁ、ありがとう獄寺君」
「日本の花屋も、鮮やかになりましたねー」
「そうだねぇ…イタリアの花屋にも、日本の菊なんかが当たり前に置かれるようになってるから、国際色豊かというか…」

紙に包まれた花束をお見せすると、十代目は笑う。
「アハハ!獄寺君は、いつもオレンジ系の花を選んでくるんだから!」
「だって、あの野球馬鹿って、こんな色かなぁって…」
あの日に奴と見た、夕日みたいな。
アイツが見せた、やんわりとした笑顔のような色の花。

「やっぱり、年に一度は山本の墓参りに来よう!」
「そうっすね!去年は忙しさにかまけて、日本へは来ませんでしたしね」
「うーん…忙しさを解消するには、ボンゴレとしてはどうすれば良いかねぇ?」
「組織大改革っすかね?」
「アハハ!獄寺君の手腕に期待してるよ」





山本の死から、十年もの月日が経ち、十代目と俺は、異国の地・イタリアでマフィアとして生きている。
あの日から、起き上がれない朝や、無駄に過ごすだけの昼や、眠れない夜を幾度となく繰り返し、俺は大人になった。

十代目も、俺とそう変わらない日々を重ねて、此処まで来なさった。



山本の墓を後にし、部下達の待つ車へ向かう。
「獄寺君、ディナーはどうする?」
「お任せ下さい!三ツ星料亭を予約してありますよ」
「楽しみだなぁ…君の選ぶ料亭は、いつも当たりだからね!」



俺は鞄を開け、携帯で予約した料亭へ連絡を入れる。
時は流れるように過ぎて行き、全てが戻るなんて事は一瞬たりともありはしない。
俺は、大人になっても、相変わらずの言動で、根っこの部分は…きっと変わってない。





俺の鞄には、白蝶貝をあしらった小箱が入っている。
あの日、野球馬鹿が買って来てくれた、三本だけ吸った煙草を箱ごと、この小箱に入れている。



まるで、奴の遺骨を入れているように、俺はこの煙草を手放せないでいる。





あの日に、一瞬でも戻れるわけでもなく、ただ、辛い思い出が残っているだけの煙草だというのに、俺はいつまでも手放せないでいる。



END

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