小説

□五月四日
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金髪の男が断りもなしに僕のテリトリーに入って来た。こちらが不機嫌な態度を見せてもお構いなしに自分の荷物を広げ出し、薄っぺらい物をちらつかせながら「お前のために用意したんだ」と、恩着せがましく言う。こんな奴は追い出してしまおうとしたが、僕の行動よりも早く、彼はDVDのスイッチを押した。



金髪の男は、些か画像が悪い事を詫びながら「懐かしいだろ?」と目を細める。画面に目をやると、僕は[あの頃]を思い出す。土煙の立つグランドを走り回りながら、欝陶しく仲間と群れて笑って…時々、僕の姿を見つけては、野球帽をクイッと上げ手を振っていたあの子。僕は一度も手を振り返えさないのに、あの子は得意そうに手を振っていた。



金髪の男は更に続ける。「俺によく懐いて可愛い奴だった」と。画面のあの子は、この金髪の男が回すカメラに気付き、飛び付いたのだろう。画面がガタガタと揺れていた。そんな惚気を見せ付けられても、僕はちっとも面白くない。彼とあの子が笑い合う声が聞こえ、地面を写すだけの画像に僕は顔をしかめた。



金髪の男が髪を掻き上げながら言った。「俺と奴は兄弟みたいなもんだったぜ?」。ああ、そう…僕は君達の関係なんて全く興味がなかったよ。大人になる前に[不測の事態]で、10代のうちに逝ってしまったあの子と僕の思い出なんて、片手で足りるしかない。特別な関係なんて、君とあの子以上に僕にはなかったよ。



金髪の男が遠くを見るように言った。「あいつはお前に惚れていたんだぜ?…いつも、俺にお前の話しをしていたっけ」。そんな事を言われても、あの子の気持ちなんて考えた事もなかった僕にどうしろと?言葉を交わした事も少なく、ましてや肌が触れ合った事なんてなかったのに均しいのに。それなのに今更…。



『本日、五月五日は、お前の誕生日だから…えーと、おめでとうなのな!』画面から届くあの子からのメッセージが、僕の胸を射抜く。



金髪の男は「お前、明日、誕生日だったよな?おめでとう」そう一言告げて、僕のテリトリーから出て行った。このDVDは、君から僕へのプレゼントだと言うの?あの子が亡くなってから、何年経つ?生きていれば、今年は24歳になっていた…大人になる前にあの子は逝ってしまった。家族も仲間も金髪の男も置いて。



金髪の男が残していった画質の悪いDVDからは、14歳のあの子が笑顔で僕に祝いの言葉を贈ってくれている。心から『おめでとう』と…僕は二十数年生きていて、こんな風に言ってもらった事はなかったよ。きっと、これからも、こんな風に言ってくれる人間には出会えないだろう。



「僕は、君の事をいつも見ていたよ…」



画面の中には、あの子の記録だけが、鮮やかな感覚で残っている。喉の奥が微かに痛くなる気がする。あの子の誕生日が、僕より少しだけ早かったと知ったのは、つい最近の事。もし、ずっと昔から知っていても「おめでとう」と言えなかっただろう。…でも、今の僕なら「おめでとう」とあの子に告げられるかもしれない。



あの子が24歳になっていても、こんな僕に、毎年笑顔で『おめでとう』と言ってくれたかな?



僕は、決して叶う事のない願いを抱いたまま、明日、誕生日を迎える。



END

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