小説

□君の黄色い小さな花
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他人から発せられる言葉によって傷つく事なんてない。僕が不機嫌になる言葉を投げ付けられたら、そいつをめった打ちにすれば全て解決。

この子から発せられる言葉にさえ、僕はショックを受けたりしない。



『俺、今日一日は雲雀の事、嫌いかも』
「…何か言った?」
我が校の校則改正書類に目を通す僕の前に立ちはだかり、山本武は恨めしそうに言う。部活動を終え、帰宅する時間なのに、野球のユニフォームのまま応接室に入って来て、いきなりの不躾な言葉。僕は君に怒りを買われるような事なんて、やった覚えはないんだけど。
『体育館の脇の清掃、整備委員会にやらせたのって、雲雀達、風紀委員会なんだろ?』
「そうだけど?」
『風紀委員会が清掃させなければ、あのバケツの花は今年も見られたのに…』
「はぁ?」
『俺のひそかな楽しみだったのに…』
「楽しみって?」
『やっぱり、今日一日は、俺、雲雀が嫌いなのなっ!』
そう吐き捨てて、山本武は応接室を出て行った。
「何?あの子は…」
彼に言われた言葉の意味が全く解らず、少しイラつき、僕は手元の書類をぐしゃっと握っていた。
「…このイライラを解消するには、あの子に直接、聞き出すしかないね」
僕は書類も束ねて仕舞い、山本武が着替えに戻ったであろう野球部部室へ向かった。



各運動部の部室はとうに誰も居なく、野球部部室だけが明かりを燈していた。ガチャ…ドアノブを捻ると、部室には山本武が一人、着替えを終え鞄を肩に掛けているところだった。
『雲雀…』
「帰るの?」
『…今日は一緒に帰んねーかんな!』
「僕は、君と一緒に帰る為に来たんじゃないよ」
『だったら…何しに来たんだよ?!』
強気な割りには、一瞬、戸惑って…いつもの明朗快活さはどうしたの?
「さっき、応接室で体育館脇のバケツがどーのこーのって、言ってただろ?」
『ああ…』
「その意味を知りたくて、わざわざこんな所へ来たのさ」
『こんな所で悪かったのな!』
こんなに不機嫌になるなんて…僕は君に何をしたって言うんだ。
「ねえ…今から君の言ってた体育館脇へ連れて行って、説明しなよ」
『…この時間じゃ、暗くてわかんねぇよ』
カチッ。
「懐中電灯なら持ってるけど?」
山本武に向けて、電灯を点けると眩しげに目を凝らした。
『…いいぜ。ついて来いよ』
一度肩に掛けた鞄を部室のベンチに起き、彼は僕の手を引いて歩き出した。夜の暗さで足元が悪い中、僕は地面を照らす。山本武は一言も喋らず、体育館脇へ僕を連れて行った。真っ暗な体育館脇は、空気が冷たかった。
「ここは、三年振りくらいに清掃しようと、年度始めから整備委員会と話し合っていたんだよ」
『ここ、そんなにゴミ落ちてなかったじゃん』
きっと、唇を尖んがらせているんだろう山本武は、その場にしゃがみ込んだ。
『ここにな、バケツが有ったんだよ』
「…うん」
『伏せてあるんだけど、底が抜けててよ』
「へぇ」
僕はライトで彼の足元を照らしながら、話しの続きを聞いていた。
『俺が一年生の時から有ってよ…野球のボールがこっちまで飛んで来て、拾いに来ると、バケツの中に小さくて黄色い花が咲いていて…』
「花がねぇ」
『バケツに周りを守られて咲く花だったのに』
彼が僕を見上げたので、ライトを顔に当てる。
『俺の春のひそかな楽しみだったのに…雲雀達、風紀委員会が』
「ちょっと待ちなよ。校内を綺麗にしたのに、どうして君にそんな言われ方をしなきゃいけないのさ?」
『雲雀が俺の楽しみを奪ったからじゃん!』
「…君さ、馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、本当に馬鹿だよね?」
僕は溜め息をついて、彼を見下ろした。
『俺、馬鹿なのなっ!…やっぱり、今日の雲雀は嫌いなままなのな!』
すっくと立ち上がり、駆け出す山本武………が、転んだ。
『痛ってぇ…』
「暗くて足元見えないのに駆け出しちゃ、危ないだろ?」
『………』
「本当に馬鹿だよね」
『ひば…』
転んだ山本武の手を掴んで、僕は野球部部室へずんずんと歩いて行った。
彼を部室へ放り込み、棚から救急箱を取り、掌の擦り傷に消毒薬をぶっかけた。
『っ…痛ぇよ』
「転ぶ君がいけないんじゃないか」
『…俺、馬鹿だしな』
「うん、君は馬鹿のままでいなよ」
『お前にそう言われっと腹立つのな…やっぱり、今日一日は雲雀の事は嫌い』



野球部部室の鍵閉めをして、顧問に鍵を返しに行った山本武を昇降口で待っていると、バタバタと薄暗い廊下を走る足音がする。
『雲雀ー!』
「…廊下を走ると咬み殺すよ?」
『はぁっ……スマン!あのさっ』
「どうしたのさ?」
『これっ!』
些か息の粗い山本武が差し出したのは、小さい植木鉢だった。
『これな、この花な、体育館脇のバケツの花なのな!』
「え?」
『整備委員会の女子が、バケツは撤去したけど、この花は植木鉢に移し替えてくれてたらしくて…』
植木鉢の野性の黄色い小さな花…山本武がこだわっていたのは、これだったのか。
「それが職員室に有ったの?」
『そうなのな!先生に話しをしたら、くれたのな!』
早口で僕に説明する山本武…機嫌は直ったようだね。
「そう、良かったじゃないか」
『へへっ』



帰り道、小さな植木鉢を抱えた山本武は、いつものようにベラベラとしゃべり、笑顔が絶えなかった。僕に散々、悪態ついていたくせに…イラつくけど、今日はこちらが大人になろう。
『なあ、雲雀』
「何?」
別れ際、僕の顔を覗き込みながら彼はしおらしく言う。
『今日は、嫌いって言っちまって悪かったのな』
「別にいいよ」
『本当は、雲雀の事、嫌いじゃないのな』
「わかってるよ」
ちゅっ。…彼の唇が、僕の唇を掠めた。
『嫌いって言った事、許してほしいのな』
「…馬鹿じゃないの?」



この子から発せられる言葉に、僕はショックなんて受けたりしないのに。

植木鉢の黄色く小さな花は、そんな僕らを少しだけ笑ってるようだった。



END

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