小説

□白い仔犬
1ページ/1ページ

真夜中のテレビからは、訳の解らない芸をするバラエティー番組や、物を買わせる為にやたらと騒ぎ立てるタレントが何人も出ている通販番組ばかりが、やかましく映し出されている。苛々しながらチャンネルを回すと、天気予報では、[低気圧が近づき各地とも雨の一日となります]と、日本地図の画面に女の声が流れた。
「昨日も今日も雨か…うぜぇぞぉ…」
グラスのシャンパンを飲み干し、ゴロリとソファーに寝そべった。耳障りな雨戸を叩く風と雨。ガタガタと建物全体が、小刻みに揺れているような気がする…酒の後は、心地良く眠りにつきたいが、今夜はそうはいかないようだ。本国イタリアよりも湿気の多い日本での雨が降る日は、どこか苦手だ。



プルルル。床に放っていた携帯が鳴る。こんな時間に…緊急召集か?俺は、ソファーから起き上がり、携帯を拾い上げる。
「なんだぁ?こんな時間に…」
『あ、スクアーロ?俺だけど…良かったぁ!』
「刀小僧?!」
『あのさ、俺、今、お前ん家のドアんとこ居るんだけど、入れてくんね?』
「あ゛ぁ゛?!」
俺は直ぐにドアへ駆け寄り、一瞬止まり、防犯モニターを見て、声の主を確認する。モニター画面に写っているのは、間違いなく刀小僧だ。
「う゛ぉ゛ぉおい!こんな時間にどぉしたぁ?」
『シー!夜中なんだから、んなデカイ声出したら、近所迷惑だろ?』
「んがっ?!」
小声で慌てる刀小僧は、俺の口を掌で塞ぎながら、玄関に入って来た。雨に降られたせいで、全身が濡れほそっていた。
「!」
刀小僧の指から、血の匂いがする。
『いやぁ、参った参った』
「お゛いっ!お前、なんで血ィ臭ぇんだぁ?!」
『ん?コレか?』
ニコニコしながら、指を擦り、焦った表情な刀小僧…何を隠してやがる?

くぅーん…。

「あ゛?」

くぅーん…。って、今、犬の…しかも仔犬の鳴き声がしなかったか?
『あのな、スクアーロ…犬、拾ったのな、俺』
奴の足元に、もぞもぞと動く小さな物体が居た。
『久々に、実家に帰ろうとしてたらさ、道端からコイツの鳴き声がしてよ…草茫々のとこから抱き上げたら、固い草で指を切っちまった』
足元で震える仔犬に目を細めながら、拾ったいきさつを話し始めた。



『んな訳でさ、俺もコイツも雨に濡れて身体冷えてっから、風呂貸してくんね?』
仔犬の顔を、自分にくっつけ、こちらへ向け[お願い]と、頼んでやがる。
「………好きにしろぉ」
『サンキュ!』
仔犬と顔をくっつけたまま一緒に、ペコッと頭を下げやがって…お前、もう二十歳はとうに越えてんだろぉっ!
『よしよし、寒いのなー。綺麗にして、よく温まろうなー!』
俺に短く礼を言うと、刀小僧こと山本武は、薄汚れた仔犬とバスルームに消えた。
「はぁっ…疲れるぞぉ」
山本と犬が風呂から上がったら、どうすんだ?餌…山本は、ともかく、犬は何喰うんだ?仔犬は、人間の食い物を与えていいのか?
「う゛ぉ゛ぉ゛おい!」
俺は一人、頭を抱えながら、冷蔵庫の中にある肉や野菜を切り刻んで、溶き卵と混ぜ、フライパンで焼いた。
『おっ!すげぇイイ匂い!』
振り返ると、犬を抱きながら腰にバスタオルを巻いただけの山本が、料理の匂いにつられて近寄って来る。
『卵料理、作ってくれてんのか?』
「ちゃんと着替えてから来ぉい!」
『着替え…』
「クローゼットに、この前、置いて行った着替えが一式入ってるぞぉ!」
『あ、そーなのな?洗って仕舞っといてくれたのな!サンキュ』
「犬もきちんと拭いてやれぇ!」
『ん、わかった』
山本は、そう返事しながら、腰に巻いていたバスタオルをはらりと外し、仔犬を拭きながらクローゼットへ向かった。
「う゛ぉ゛ぉ゛おいっ!人前で、素っ裸になるなぁ゛ぁ゛ぁっ!」
『ん?』









『なあ、このオムレツって、卵何個使ったんだ?』
「知るかぁ…」
『分厚くて旨いのな!お前も旨いよな?』
綺麗に洗われた仔犬は、山本の膝の上で、俺がテキトーに作ったオムレツを喰っている。さっきはよく判らなかったが、汚れを落としたら、耳がピンと立った白い日本犬だった。
『コイツ、紀州犬かなぁ?』
「…携帯のCMの喋る犬みたいになるんじゃねぇか?」
『ハハハッ!そうだな!…つーか、スクアーロ、イタリア人なのに、日本のテレビに詳しいのなー…日本文化に馴れた?』
「たまたま観てただけだぁっ」
『ふーん…ごっそさん!旨かったなぁ。お前もよく食べたなー。ごっそさん!』
仔犬と顔をくっつけ、俺にぺこりと頭を下げる山本。そんな可愛い…いや、ガキみてぇな振る舞いは、いい加減よせぇぇ!
『なあ、スクアーロ、朝まで居させてくんね?』
「あ゛ぁ?」
『んー…休みだから実家に帰ろうと思ってたけど、ウチは飲食店だから犬は連れてけねーから、コイツ連れて俺ん家に戻ろうと思ってよ』
膝の上でうとうと眠る仔犬を撫でながら、考え込んでいる。
「刀小僧、お前、実家へ行って親父に顔見せて来い」
『えっ?』
「この白犬は、俺が預かっててやる…」
『マジで?すげー助かる!俺な、連休貰ったんだ…親父に顔見せたら、すぐに戻って来る!』
「ゆっくりして来い」
『スクアーロ…ホントにありがとな!ほら、お前もお礼言うのなっ!』
仔犬をひょいと持ち上げ、またぺこりと頭を下げさせる。
「寝てる犬を起こすような事するなぁっ!」
くぅーん…。
『スクアーロがでかい声出すから、コイツが起きちまった』
「起こしたのはお前だぁっ!」
『ハハハッ』









山本は、数時間寝て、また俺がテキトーに作った飯を食い、実家へ里帰りした。雨降る中、傘を差しながら、俺と仔犬に手を振って、何度も振り返りながら…まったく、ガキみてぇな事ばかりしやがって。



置いてかれた白い仔犬は、山本が居ない間、俺にべったりとしていた。籠にタオルを敷き、寝床を作ってやったが、その夜は俺のベッドへ入って来て、くるんと丸まった。仕方なしに一緒に寝てやろうとし時、携帯が鳴った。
『スクアーロ?俺だけど、ドア開けてくんね?』
「…お前、帰り早くねぇかぁ?」
防犯モニターで姿を確かめ、ドアを開けると、ニカッと笑う山本がいた。半日で戻って来るなんて…よっぽど犬が心配だったんだな。
『傘、ありがとな!こっちへ戻って来る時には、もう雨は止んでたぜ』
畳んだ傘を差し出しながら機嫌良く笑う。
『アイツは?』
靴を脱ぎながら、仔犬を探す。
「…俺のベッドで寝てるぞぉ」
『へ?一緒に寝てやってんのか?スクアーロ、優しいのなー』
「違うぞぉっ!あの犬が勝手に入って来たんだぁっ」
『ふぅん…俺も、お前のベッドで寝ちまおうっと!』
山本は、スタスタと俺のベッドに行き、仔犬を撫でながら上がり込んだ。
「う゛ぉ゛ぉ゛おい!」
『スクアーロも早く寝ようぜ!』
「…っ」
『このベッド、おっきいからお前とコイツと俺で寝ても大丈夫じゃん』
「大丈夫じゃねぇぞぉ!」
『…スクアーロは、犬はベッドに入れて、俺はダメって言いてぇの?』
「んな事言ってねぇぞぉ!」
仔犬みてぇに俺を見上げやがって…。



仕方なく、人間二人と犬一匹とで寝る事になった。ベッドに入り、仔犬を真ん中にして『家族みてぇ』と、山本は満足気に笑う。
「そんなに可愛く笑うなぁ…」
『スクアーロ?』
俺は山本の顎を掴み、唇を寄せた。
「連休中は、ずっと此処に居ていいぞぉ」
『ん、世話になるのな…』
刀小僧こと山本武は、仔犬と同じように、くるんとなり、俺の腕の中で眠りについた。明日は晴天らしい。この一匹と一人を散歩へ連れ出してやるかぁ。



END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ