Part1 Pantom Blood
□石仮面 その2
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毒薬を売る店に行く前に、ジョナサンの腕の傷を癒すため、私たちはスピードワゴンの馴染みというの医者のところに言った。……っていっても、この街の医者だから、"闇"医者なのだけれど。
「変な治療の仕方したら、どうなるかわかってんだろうな?」
「わかってますって。あんたにそこまで言わせるお人だ、大切に扱いますよ」
ジョナサンと闇医者は、診療室の中に消えていった。
と、いきなり私の隣に、スピードワゴンがやってくる。彼は私の顔をじっと見つめていた。
「…………何よ」
「ん? いやぁよ、あんた強いなと思ってな、見た目からじゃ想像もつかねえから」
「悪かったわね、弱そうで」
「あいや! そうじゃなくて、こんなに美人なのにってな」
「はァッ?!」
何なのこいつは? 言うのに事欠いて、何を言ってるの?!
そうは思うものの、私は自分でわかるくらい顔が紅潮していた。
「んん? どうしたんだ? 顔赤いぞ」
「あ、あんたがおかしなこと言うからじゃない!
……ってちょっと! なんで額に触るのよッ」
「熱とかねえか確認してるだけじゃねえか」
「大きなお世話ッ!」
私は思わず、彼の体を思いきり突き飛ばす。
彼は「うおっ」と驚きの声を上げると、その場にうずくまった。
「この程度で何うずくまって……あ」
そういえば、ジョナサンに蹴られていたんだっけ。当たっていたのは顔だけだけど、あの丸太のような脚で蹴られたのだもの、他のところにだって、少なからず影響はあるはずだった。
「ちょっと……あなた、大丈夫?」
「…………」
「ねえ!」
「……ククッ」
「?」
笑い声が聞こえたかと思うと、スピードワゴンはひょいと立ち上がった。
「ダーッハッハッハッ! 騙されてやんの! あの程度の蹴りでこんな引きずるわけねぇだろ!」
「なっ…………最低!」
おかしい。どう考えてもおかしい。コイツといると、私が私で無くなっていくような、これまで築き上げてきた"私"じゃなくなるような……。
……いわゆる彼のペースに流されているのだろう。
私は彼に背を向け、歩き出した。
「え……ちょ、ちょっと待てよミツネ!」
「…………ついてこないで頂戴。一人になりたいの」
「悪かったって! ちょっとからかっただけじゃねえか、な……機嫌直してくれよ?」
「機嫌なんか損ねてないわ」
「目が全くそう言ってねえぞ……」
スピードワゴンは頭をかきながらはぁとため息をつく。ため息つきたいのはこっちよ!
「……単刀直入に聞かせてもらうが、ミツネ、あんたこの街出身だろ」
「……え……?」
本当にいきなり過ぎて、私は間抜けな声が出てしまい、慌てて口を押さえた。
「……どうしてそう思うの?」
「さっき防御するために構えたとき、この街のヤツらがするそれとよく似てたからな。多少アレンジは加えてるみてえだがよ……」
馬鹿だと思ってたかくくっていたけど、スピードワゴンには確かな観察眼があるようだ。
「……そうよ。この街のゴロツキがやる動きを護身だけに特化させて、母が教えてくれたものよ」
「母、か……今どこにいんだ? ジョースターさんの家に住み込みとか?」
「死んだわ。11年前に」
「え……?」
唖然と、スピードワゴンは大口を開けてこちらを見た。私は気にも止めず続ける。
「母は……変わった方法で人を癒す医者だった。だけど
、その方法は世間に受け入れられず、でも母は患者を治し続けた。生活はどんどん苦しくなって……この街に流れ着いた。この街に来たすぐあとに、母は強姦されて、孕まされて……私が生まれた。父親は結局わからずじまいで…………最後には殺されてしまったわ。家の前で、ズタズタに引き裂かれて……」
ハッと、私は口を押さえ、後ろを向いた。
なんで、会って数時間しか経ってないようなヤツに、こんな話をしてるのかしら? ジョースター卿にすら、ここまで細かく話してないのに……。
「………………」
黙り込むスピードワゴン。後ろを向いてるからわからないけど、きっと同情か哀れみの視線をぶつけてるに決まってる。
「……言っとくけど、同情や哀れみの言葉はいらないわ。所詮過去の事だもの……」
「……いや。あんた、すげえな」
「は……?」
振り向き、彼の目を見ると、そこに同情や哀れみの感情はなく……尊敬の色一色だった。
「な……なに言ってるのよ?」
「だってそうだろ。ミツネにとってこの街は忌まわしい記憶を思い出させる場所でしかねえ。でも、あんたはジョースターさんのために、危険を犯してここにいる。そういうの……おれはすごいと思うぜ」
ゴロツキとは思えない屈託のない笑い。
なぜだか、心臓にもやもやしたものがかかったような錯覚がした。
「……ばっ! ばかな事言ってる暇があったら、ジョジョが治療してる間に、先に毒薬を売る店にでも行ったら?! さっきの騒ぎを聞いてたヤツがチクるかもしれないわよッ!」
「それなら子分どもに行かせたから安心しな。逃げたりしたらすぐ知らせに来るからよ」
「ッ……!」
直後、治療を終えたジョナサンが部屋から出てきた。
顔を赤くし、たたずむ私を見て「何があったの?」なんて聞くものだから……気がつけば、赤面の原因であるスピードワゴンを殴っていた。
……帰ったら、この赤面の理由を調べないと。