Part1 Pantom Blood
□侵略者ディオ・ブランドー その4
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それから数日後。
庭の掃き掃除を終えた私は、焼却炉の方へ向かう。するとそこには、馴染みの執事が集めた落ち葉を捨てようとしていた。
年老いているせいか、落ち葉抱えて持っているものの、その足取りはかなり危なっかしい。
「うんしょ、よいしょ……」
「ちょっと。そんなんで大丈夫なの?」
「んん? おぉ、ミツネか。なぁに、このくらい平気じゃよ。よっこらしょ!」
やっとといった様子で、彼は落ち葉を焼却炉の中に流し入れた。ふと、彼はそこにいたまま動かなくなる。
「? どうしたの?」
「いや……ミツネ。あれを入れたのは君かね?」
「え……?」
焼却炉の中を覗き込むと、そこには真新しい大きな箱が入れてあった。全く覚えがない。
「さぁ……私じゃないわ。他のメイドの誰かじゃない?」
「そうか……まぁいいか」
私も集めた落ち葉を流し入れ、執事が火を入れる。
中は基本落ち葉しかないせいで、火の巡りは速いよう。すぐに燃え広がる音がした。
……私と執事は異音に足を止める。振り返ると、ぶつかるような大きな音が、焼却炉の中から聞こえた。
「な……なんだ、このぶつかるような音は?! ま……まさか!
なッ中に誰かいるのだ!」
誰かが生きたまま焼かれ、外に出ようと扉にぶつかっているのだ。執事は慌てて、扉の鍵を開ける。
開いた瞬間、生き物の焼けるひどい臭いに、私は思わず鼻を覆ってしまったのだが……。
「……えっ……あ……あぁっ……!!」
炎に包まれ飛び出してきたのは犬。知らない犬ではない。それは……。
「あれはジョジョぼっちゃまの! な…………なんて事だ、私が火をつけてしまったッ!」
「ダニィイーッ!!」
ダニーは針金で口を縛られていた。私は冷静な判断など出来ず、ダニーに近付こうとする。執事が私を羽交い締めにした。
「馬鹿か! 今行けばお前も大火傷を負うぞ!!」
「そんなの関係ない! ダニー……ダニー!!」
騒ぎに気づいたメイドがこちらに走ってくる。共にいた執事が水をかけて、ダニーの火は消滅した。
「ダニー……ッ……」
私はかけより、ダニーにすがり付く。火によって急上昇した体温が、じわじわと冷えていくのを感じた。
自分の体が、気付かない内にガタガタ震えていた。
「ダニー、嘘でしょ……? おねがい、目を……」
悲しさと後悔が一気に心に押し寄せた。なぜか、涙は一向にでない。そんな自分が心底腹立たしかった。
「どうした? ……これはっ、一体……?!」
振り返れば、騒ぎを聞きつけたらしいジョースター卿の姿。彼は私とダニーの元に駆け寄る。
「ミツネ……一体何があったのだ……?」
「……ジョー、スター、卿……あぁッ、申し訳ありませんっ! ジョジョっ、ごめんなさいっ……!!」
無礼とか考えず、私はジョースター卿の胸にすがった。卿は震える私の体を、優しく抱き締めてくれたのであった。
私の頬を、一筋の涙がつたったのだった。
「…………」
ダニーの事は、後に帰ってきたジョナサンにすぐ知らされた。あまりにもひどい亡骸だったため、彼には見せずに埋葬した。
ダニーの墓を見つめるジョナサンを、私は直視することができなかった。
ジョナサンが部屋にこもって数時間。私は重い足取りで彼の部屋を訪ねた。
「……ジョジョ。入って……いいかしら?」
「……ミツネ? ……うん。今開けるよ」
そういう返答の後、扉が開く。
眠っていたのだろうか、ジョナサンの頭には若干寝癖がついていた。
招き入れられ、私は彼の勧めで椅子に座った。
「どうしたの? まだ、夕食には早い筈だけど……?」
「…………」
「ミツネ?」
「ジョ、ジョジョ……ごめんなさいっ!!」
私は大きくジョナサンに頭を下げた。
ジョナサンは少し驚いて、でもどこまでも優しい目を私に向ける。
「私がッ……あの時確認していれば、こんな事にはならなかった。私が浅はかだったせいで……」
「……何を言ってるんだミツネ。君を責めるつもりはこれっぽっちもないよ。悪いのは君ではなくて、これをやった奴なんだから……」
ぎゅっと、ジョナサンは拳を固める。きっと、彼も私と同じ人物を犯人と思っているはず。黒い感情が体を駆け巡った。
「……また、君に助けられたね」
「え……?」
文脈の繋がらないジョナサンの言葉に、私は顔を上げる。優しい視線はそのままだったけど、涙をこらえているように見えた。
「……君は、ダニーの死体を見たんだろう? ひどかったからって、ぼくには見せてもらえなかった亡骸を。ぼくはきっと、ダニーの死体なんか見せられたら普通じゃ入られない。でも、その苦しみを君が先に味わったから、ぼくは今、そうでも無いんだと思うんだ……」
ジョナサンは、椅子に座る私の足元に膝をつく。それは懺悔のようだった。
「ミツネにはいつも助けられてばかりだ……父さんや他のみんなが、ディオの味方をしたって、いつも君はぼくについてくれた……その度に、今度はぼくが君を助けなきゃって思ってるのに……ぼくは、君のお兄さんだから…………」
「ジョジョ……」
ジョナサンの目から、一粒、また一粒と、大粒の涙がこぼれ落ちる。泣いてる彼は何度も見たことがあるけど、こんなに悲しそうに、切なそうに泣く彼は初めてだった。
「ぼくはっ……ぼくは、また君に辛い思いを……ごめん、ごめんっミツネっ……!!」
「…………」
私は正直混乱していたけど、こんな風に泣くジョナサンをこれ以上見たくはなかった。
だから、私はジョナサンの頭を軽く押し下げて、頭を抱き締めた。
「ッ……?!」
「……泣き顔なんて、見られたくないでしょ。……今日だけ、だからね……」
「ぐすっ……だ、ダニー……ううっ……!」
私の膝の上で、ジョナサンは大声で泣いた。
私は彼の気が済むまで、頭を撫で続けた。彼の大きな体が、今日は小さく見えた。また、涙の出ない自分が腹立たしかった。
そして、ディオという不安材料を抱えたまま、7年の時が過ぎてゆくのであった。