Part1 Pantom Blood
□石仮面 その3
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――翌日。
ジョナサンの腕が完治するまでに、私は一足先に毒薬を売る店に向かっていた。
というのも、スピードワゴンが舎弟と話しているところをたまたま聞き、場所を知ったから。断じて盗み聞きじゃあない。本当に偶然よ。
さっきより勢いを増したように思える吹雪が、ただでさえ薄暗いこの街を、より不気味なものに変貌させている。吐き出す息すらそのままの形に凍てついてしまいそうだった。
「…………」
……ジョナサンは、私がいなくなった事に気付いているだろうか? 気付いたとすれば、きっと盛大に驚いて、私を探しに行こうとするでしょう。
スピードワゴンが止めてくれるといいのだけれど。
……それにしても、昨日はアイツのせいで散々な目に遭ったわ。思い出すのも腹立たしい。
というか、私があれだけ取り乱すなんて……結局赤面の理由もわからなかったし……。
……って! どうして今さらこんなこと考えてるの?!
とっとと用件を終わらせて、この街から離れるべき、なのかしら……。
「ッ……」
そうこうしている内に目的の場所についた。
窓にびっしり氷が張ってしまっていて、中の全容はよく見えない。けれど、蝋燭らしいぼんやりとしたオレンジの明かりが見える。同時に、氷が張っているということは、中で暖房を焚いているということ。
人がいる。もっというなら、ディオに毒薬を売った犯人が。
私はフードを目深にかぶって、店の中に入った。
「………………」
薬の匂いが立ち込めている。同時に、何か甘ったるいような匂いもした。
そして、薄暗い店の奥、ゆらゆら揺れる蝋燭の炎の奥に、そいつはいた。
髭面で、まぶたの重そうな目をしている。猫背で小柄な男だった。袖の長い中華服で手元を隠し、テーブル越しに私を見ていた。
「……お嬢ちゃん、日本人ね? 顔を隠してもわかるね、同じ人種の人間だと……」
そいつは私にそう言ったかと思うと、企んでいるような含み笑いをする。
「……時間がないから、単刀直入に聞かせてもらうわ。あなた、この薬に覚えがあるわね?」
私はあの毒薬の包みを掲げた。
「これの解毒剤があるはずよ。それをもらいにきたの」
「ほぉ……その薬ね……」
ヒヒッと男は笑うと、のそりとテーブルの向こうから出てきた。
「最近見なくなったかと思えば……あの男ドジ踏んだかね」
「…………それはディオってヤツの事かしら?」
「さぁ。客の事は言えないね。でも、1つだけ言えるとすれば……あの男を捕まえようってなら、やめた方がいいね。あれは強運のもとに生まれついている」
「ハンッ」
私は、思わず男の言葉を鼻で笑ってしまった。
「強運? 馬鹿馬鹿しいわ、あんなヤツがそんなモノに護られているとは思えない。それは運でもなんでもなくって、アイツのどす黒い執念がそうさせているのよ」
「かもしれないね」
刹那。男は袖口からボールのようなものを取り出し、私に向かって投げつけてきた。その動きはとても遅い。私はそれを手で叩き落とした。
「えっ……?!」
ボールは真っ二つに割れた。途端、中から粉のようなものが舞い上がる。
慌てて口を押さえたものの、時すでに遅し。私は足が痺れてその場に崩れ落ちた。
「祖国から新しい薬が入ったね。ちょうど効果を試そうとしたところね、中々いいものねェ……」
「くうっ……ハァ、ハァ……」
「お嬢ちゃん、だいぶ腕に覚えがあったみたいだが……生憎こちらは地獄のようなこの場所は長いね。大人をあんまりなめちゃあいけないよ」
「くっ……」
ダメ。意識が朦朧と、してきた……こんな、ところで、倒れる、わけに、は……いかな、い……のに……。
にぃぃと満足げに笑う男。その背後に黒い影が腕を振り上げるのを見たのが最後だった。
「アギッ!」
「たく……本当どうしようもねぇヤツだぜ。
おいミツネ、立てるか? ……ミツネ? ミ……ミツネェッ!しっかりしろオイ!!」