Part1 Pantom Blood

□プロローグ
1ページ/2ページ

 ――あのゴミ溜め以下の街が長かったせいか、私はいまだに"誇り"というものが分からない。
 私の母――フヨウ・ヒサナガは日本人だ。日本というと、いまは"サコク"といって、諸外国との交流を絶っている。いろんな事情があるけれど、大きくはバテレン……キリスト教廃絶だという。
 そんな中、母はとある外国人に強い憧れを持ち、命がけで大陸を渡ったのだった。正直これも理解できない。憧れなんかで命を賭けられるのだろうか? 何はともあれ大陸に渡った母は、そこで医者の勉強をしたのだという。
 ……そうそう。母の治療は今考えてみても奇妙なものだった。メスや包帯は一切使わない、怪我した患部に触れる、それだけで、患者はあっという間に元気になるのだ。一度だけその姿を垣間見た事があるけれど、患者の体を、何やら電気のようなものが流れた気がする。内科的な病気まで治ってしまうのだから凄いと思う。
 なのに……なのにだ。世間は母を拒絶した。異能の力を宿す、人食いの国から来た魔女だと。直してもらっても、金なんか払いやしない。それはおろか"ありがとう"の言葉すらかけない。あの街に流れ着いたのも貧困ゆえだった。母はそこで、私を産んだのだった。強姦されて、強制的に孕まされた私を。父親はどこの誰だか、結局わからずじまいだった。けれど母は、私を心から愛してくれていたと思う。愛していなかったら、私に勉学を教えたり、自分も空腹だというのに自分のパンを私によこしたりしないだろうから。
 あの街は薄暗くて汚い。だけど母はその中で光輝いていた存在だったと思う。あの光が、いわゆる母の"誇り"の正体なのだろう。一本先の番地で食べ物を配っていた女性も、同じような光があった。その女性は「天国に行く方法」というのを私に語ってくれた事があるが、残念ながら内容は覚えていない。
 そんな母は、もういない。あの街で、ズタズタに引き裂かれて死んでしまったから。泣かなかった私は薄情者だろう。どうして涙が出なかったのかはわからない。
 母が死んだ翌年、8歳になった私は町を出た。
 歩いて歩いて、イギリス郊外の、貴族の家が立ち並ぶ場所にやってきた。私はそこで、あの街でやっていた事と同じように、ナイフを構えて外出から戻った貴族を襲った。でも所詮は子供の浅知恵。すぐに護衛の人たちに捕まった。だけど今思うに、私はあの時死にたかったんじゃないかと思う。元々生きていても死んでもどちらでもいいと思っていた私は、母を失い、いよいよこの世に未練が無くなったんだろうから。
 その時の会話は、今でも覚えている。

 ――殺すなら殺せば? だってそうでしょう? あなたは私に殺されそうになったのだから。
 ――…………。
 ――……何よその目は? 哀れんでるつもり? 生憎アンタが思うほど、私はヤワじゃない。ねぇ、殺すならさっさとしてよ。
 ――……君。家族は?
 ――はぁ? ……母がいたけど、去年死んだ。父親は知らない。私は孕ませられて産まれた子供だから。だから何だって言うのよ。
 ――そうか……なら、うちに来なさい。今日から君は私の娘だ。
 ――…………は?
 ――見たところ、うちの息子と同じくらいの年のようだし、仲良くなれるだろう。あぁそうだ。私はジョージ・ジョースターという。君の名前は?
 ――ちょ、ちょっと待ってよ! 娘? 一体何のつもりよ?! 私は売春婦じゃないのよッ!!
 ――ああその通りだ。君はどこにでもいる普通の、あいや、とても可愛らしいお嬢さんだ。
 ――?!
 ――それで、君の名前は……?

 あの時、ジョースター卿の背から光が溢れていた。それは母とまったく同じものだった。優しさに包まれてというより、その"誇り"に気圧されてという方が正しかった。
 私はその後、ジョースター卿の養女……にはならず、彼のメイドとして働く事になった。一度、マトモに働いてみたいと考えていたから、そしてそれは母の願いでもあった。私はメイドになる事と同時に、彼の一人息子のジョナサン・ジョースターの"友達"をしなければならなかった。まぁ友達のいうのはかなり易しい表現で、実際はお目付け役となんら変わりなかった。ジョナサンは卿と違って、トロくて馬鹿正直で、父親から似たところといえば吐き気をもよおすほど甘いというところだろう。
 あれから5年。お互いに成長した私たち。
 けれど私はまだ、"心"が何にも変わっていない。だって"誇り"が何ののかわかって無いのだから……。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ