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□白き姫君
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 雪のように白い肌。
 黒檀のように黒い髪。
 血のように赤い唇の、美しい容姿をした姫君。

 深い森の奥に、ひっそりと歴史を刻み続けているかの国で、彼女は生を享けた。

 年齢を重ねるごとに美しさを増す彼女は、生 母が亡くなった悲しみも乗り越え、新しい母親たる王妃をも心から迎え入れた。

 城下まで聞こえるその噂に違わない、美しい姫君の名はマリア。
 正式名称は途中で舌を噛んでしまいそうなほど長いため、正式な場でもそうそう呼ばれたためしはない。


「……はぁっ、はぁっ!」


 そんな彼女は今、逃げていた。

 国を囲むように、鬱蒼と生い茂る森の中を。
何処に向かうかも分からぬまま、ひたすら逃げ出していた。

 姫としてあるまじきことだが、華奢な靴で“走っている”。
 生まれてこの方、馬車でしか移動したことのない深層の姫君が、何故走っているのか。

 それにはやんごとない理由があった。


「これでもう、追っ手は巻いたかしら……?」


 顔を隠すように深くかぶっていたローブをそっと持ち上げ、振り返る。


「いいえ、お義母様はワインの後味のようにしつこいもの。これだけの距離で安心などしてはいけないわ」


 ふぅ、と深く息をつき、彼女は再び駆け出した。


「蝶の標本のようになんか、されてたまるものですか!」


 彼女は逃げていた。
 現王妃である継母から。

 その美しさを永遠のものにされる前に、城から逃げ出していたのだ。

 そして再び、彼女は暗い暗い森の中を駆け出した。






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