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□白き姫君
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美を尊ぶ国・スノーベルク。
帝国とアウトキリアの中間地点よりも北に位置しているその国は、針葉樹の森を越えた先にある。
詩人たちが天使に祝福されし美の国と表現する程、煌びやかだ。
鬱蒼とした森を越えた先に広がる景色は白銀に輝き、森を越える苦労をも吹き飛ばしてしまう程である。
繊細な彫刻、レース模様や幾何学模様の刻まれた建物。
その一つ一つがどんよりとした灰色の空の下、白く輝いている。雪をモチーフとした繊細で洗練された、町並み。
城下を過ぎたその先に聳え立つのは、ぼんやりと輝いているかのように錯覚してしまう、白銀の城。
その城の主である国王は、国務に忙殺されていると言う。
「本当に、愚かな国民ね。この美しい国には不釣合いだわ」
あくまでも噂でしかないが、城下で国務怠慢によるしわ寄せがきていないが為に、国民はそれを疑いもしない。
それは彼女にとってとても好都合なのだが、この美しいとされる国の住民が愚民では、美しさを損なってしまう。
「いずれ、この国の美を損なう者はすべて、硝子細工にでも変えてしまおうかしら」
真っ赤な爪先で、同じくらい赤い唇をとんとんと叩く。
彼女が悩むときの癖だ。
「まぁ、それは二の次でしょうね」
そう、まず始めに、この国に嫁いできた目的を果たさなくてはならないのだから。
そんなに見栄えもしない、彼女の美しさの基準で言えば美しくない国王と婚儀を挙げたのも、全てはこの目的のため。
「さぁ、鏡よ鏡。私の問いに答えなさい」
美しいものを集める崇高な趣味を持つ后は、真実の鏡に向って、歌うように問いかけた。
「世界で一番美しいのは誰かしら?」
ぐにゃりと鏡面が歪み、そこに映し出されるものを変える。
姿を正反対に映す鏡面に映るのは、后ではない。
雪のように白い肌。黒檀のように黒い髪。血のように赤い唇の、美しい容姿をした姫君。
随分と前からこの問いに答えるときに映し出される、この美しい少女。
后は真っ赤な唇に笑みを乗せ、ゆっくりと微笑んだ。
「私の美しく可愛い義娘は何処かしら?」
ぐにゃりと、鏡面が歪む。
映し出されるのは、深い緑が光を細くしか地表に届けない針葉樹の森。
この国の周りをぐるりと囲うように生い茂るその森で、目当ての少女は懸命に走っていた。
その美しい容姿を隠すように深くフードを被っていても、その気品までは隠せやしないのに。
「逃げる必要なんてどこにもないのに、愚かな子」
年を重ねるごとに美しさを増す少女。
だがそれもいつしか限界が来る。美しさは損なわれ、衰えてゆくのだ。
「永遠に美しいままでいさせてあげると言っているのに、自分の美しさに気がついていないのかしら?」
まぁいいわ、と彼女はそっと鏡の前から窓辺へと移動した。
絨毯の敷かれていない部分で、こつこつと己の足音が響く。
「その美しさも、すぐに私のモノとなるのだから。今はせいぜいお逃げなさい」
その美しい容姿を損なわない限り、私は優しいのだから。
后は赤い爪にそっと口付けた。
どこかで爽やかな林檎の香りが漂った気がする。
それを確かめることができるものは、いない。