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□橙色の灯火を
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五番街はいつだって騒がしいし、活気ある喧騒は常に飛びかっている。
それが時々煩わしく感じることもあるけど、生まれも育ちもこの場所だから慣れたって言った方がいいかもしれない。
だけど、どうしてか今日はそれがやけに遠く感じて、奇妙なくらい静かだと思う。
五番街をくるりと回って火を灯し続けたけど、なんでこんなに静かだと感じるんだろう?
街はいつもとまったく変わってはいないのに、どうして?
「……ただいま」
家に帰ってきても、おかえりの言葉はやっぱり返ってこない。
出たときと同じように、部屋はやっぱり冷えている。
わたしは籠を置いて、いつもと同じようにマグカップにココアを淹れた。
暖かな湯気が立ち上るマグカップを手にソファーに座って、そこで初めて気付いた。
「……あの人」
こんなにも静かだと感じるのは、キミによく似たあの人と昼間にぶつかってからだ。
不思議な色をした瞳を除いたら、本当にキミなんじゃないかって思えるくらいそっくり。
あの人はキミじゃないって、ずっと自分に言い聞かせてるんだけどな。
ライトブラウンの少し跳ねた短髪とか、並ぶとわたしはキミの肩くらいになる身長とか、少したれた目尻の人のよさそうな顔とか。
目を閉じなくても思い浮かぶキミが、そこにいたんだ。
見間違いかと思ったけど、見間違えるはずがないじゃないか。
別人だって分かってても、本当はキミなんじゃないかって疑うくらいに、わたしはキミのことを覚えてるから。
『いつか君を迎えに行くから、それまで待ってて』
「いつかって、いつまで?」
わたしはいつまでキミを待ってればいいの?
『約束する、絶対戻って来るって。本当だよ。だから、僕のこと信じて待っててくれる?』
「信じて待ってるから……。約束、守ってるから……」
無理やり引っ込めたはずの涙が、ポタリとココアに混ざって消えた。
あの人と言う存在を見つけてから、キミのことを何度も思い出して、責め続けている気がする。
キミは悪くないなんて言えないんだから、それくらい許してよ。
わたし、約束信じて待ってるんだよ。帰ってくるはずもないキミをずっと。
「……嘘つかないでよ」
『絶対迎えに行くから、それまで待ってて。指切りした約束は、ちゃんと守るから』
「キミは……っ」
敵戦区で戦死した人の遺体はおろか、遺品ですら返ってこない。
わたしのもとに届いたのは、キミが戦死したと書かれた事務的な紙切れ一枚。
それだけじゃ信じられなくて。
キミが帰ってこないはずがないって。
約束を破るはずがないって。
キミはまだ生きてるはずだって。
キミとの約束を守って、信じ続けるわたしは諦められないんだ。
ぬるくなったマグカップを置いて、わたしは再びマッチ箱を入れた籠を手にした。
冷たい風が吹き付ける、暗くなった街に出るのだ。
キミを探しに行くために。