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□橙色の灯火を
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 もしもこの世に神様がいるのなら、……本当に神様がいたとしたなら、わたしは何て言うだろう。

 あの人を返して?
 どうして連れていったの?
 もう一度会わせて?

 どれも違うような気がする。
 そんなもしもな考え方をしたって、どうしようもないんだけど。

 マッチに火を灯してもキミの姿が見えないから、誰に願ったってわたしの傷なんか癒されない。
 君がいない隙間に吹く風が、心をキイキイと痛めた。


「夢はいかがですか? マッチの夢はいかがですか?」


 夢を売ってほしいのはわたしなのに。
 わたしにも夢を売ってほしいのに。

 現実は、あまりにも無情だった。

 ほう、とかじかんだ指先に息をはきかけて暖める。
 まだ雪が降るほどではないけれど、冷たくなった空気と灰色の曇り空は、冬の訪れを教えてくれる。
 冷たく、寒い、冬がまたやってくるんだ。
 暖め合う温もりは、ここにはないけれど。


「寒くなったねー、今日はお鍋が食べたいなぁ」

「馬鹿言わないでちょうだい。今から鍋なんかしたら、本当に冬が来たときどうするのよ」

「そしたら毎日鍋だね! 僕グレイの作る鍋好きだよ」


 たわいのない会話があちこちから聞こえる。
 冬の準備は、もう何処も終わってるんだろうなって。

 ストーブや暖炉で暖めた部屋に、冷えないように編まれたセーターを着て、お揃いのマグカップを持って近くに座る。
 わたしがココアで、キミはいつもコーヒーを選ぶんだ。
 甘いのが苦手なキミと、たわいのない話をするのが幸せだったのに。今年はそれすらできない。

 キミがいない部屋はいつも冷たくて、妙に広く感じるのが分かるかな?
 前へ進む足が重くなって、売り子の声を出す気力もなくて、だんだんと俯いていたわたしは、とうとう止まってしまった。


 どん!


 誰かとぶつかった。
 それもそうだ、こんな人通りの多い場所で止まったりしたら通行の邪魔になってしまうから。


「あ」

「あぁ、ゴメンね」


 ぶつかった人が、律儀に謝ってくれる。
 わたしも何か返さなきゃとは思ってるんだけど、言葉が、出てこなくて……!!

 だって、その人はあまりにもキミにそっくりで……!!

 ほら、戦死したなんて嘘じゃないか!
 キミはちゃんと迎えに来てくれたじゃないか!
 帰ってきたじゃないか!

 信じられないような心地のわたしだったけど、その人はすでにわたしのことなんか見てなくて。
 キミとは違う不思議な色をした瞳を、隣の女の子に向けて歩いていってしまう。


「だからちゃんと前見て歩きなさいよって言ったじゃない」

「次から気を付けるってば、大丈夫!」

「ゼルの大丈夫は信用できないわ」

「えー、そんなつれないこと言うなよー」


 あの人は別人だって言い聞かせても、待ってって呼び止めたくて。追い掛けていきたくて。
 キミの顔した人に無視されることが苦しくて。

 どうしてキミはここにいてくれないの?
 キミが戦死しただなんて、嘘なんでしょ?
 わたしとの約束、守ってくれるんじゃないの?
 指切りしたんだから、破らないんでしょ……?


「なんで……っ!?」


 苦しくて、苦しくて、苦しくて。
 キミがいないことが辛くて。
 あの人が消えた方向を見て、わたしは呟いていた。

 なんでキミはここにいないの?

 約束を守って信じ続けることに、疲れたよ。 それでも、やめたくてもやめられないんだ。
 あれは嘘で、キミが帰ってきてくれるかもしれないって、どこかで願ってるから。

 だから、早くわたしのとこに帰ってきてよ。

 溢れだした涙が頬を伝って、冷たい石畳に零れ落ちた。
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