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□橙色の灯火を
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わたしが住むアウトキリア国は、他国の干渉を拒むように高い壁で覆われている。
だから国外がどんな様子なのかは全然分からない。
国の命令で五番街の人間が徴兵されていくのも、仕方がないことなんだと思う。
誰かが行かないといけないから、キミにも収集命令が掛かるのは仕方なかったんだ。
嫌だと言っても、戦争はソレを許してくれない。
戦争で奪われた命は、二度と返ってこない。戦死したって誰も恨めないんだ。
それが戦争って言う、あやふやで、絶対的なものだから。
「……いってきます」
いってらっしゃいって言ってくれるキミの声はない。
返ってこないって分かってても、がらんとした部屋に向かって言ってしまうわたしは、未練がましいってよく言われる。
そう言われたって構わない。
だって、わたしはまだキミとの約束を守ってるんだ。
キミが迎えに来てくれるのを、ずっと待ってるんだ。
「夢はいかがですか? マッチの夢は、いかがですか?」
籠の中には大量のマッチ箱。
わたしはこれを使って夢を売り歩いている。
夢なんて綺麗なものじゃないけれど、わたしみたいに戦争に大切な人を奪われた人たちの、支えになるようなもの。
そんなものをわたしは売り歩いている。
「ミアちゃん、私に夢を見せておくれ」
「私に、あの人の姿を見せてちょうだい」
「幻でもいいわ、ミアちゃん、夢を売って」
お客さまは女の人ばかり。
だって、連れていかれるのは男の人だけなんだから。残される母親や恋人たちは、彼らを待つ他ないのだ。
それなのに、戦死したと伝えられた方の痛みは、悲しみは、怒りは何処にぶつければいいのかな。
わたしには彼女たちの気持ちが痛いほど分かる。
だって、わたしもキミを亡くしたから。
キミがもう、帰ってこないから。
「マッチが燃えている間だけですよ」
「それでも構わないから、会わせておくれよ」
「幻でもいいから、お願いよミアちゃん」
わたしは籠からマッチ箱を取り出して、彼女たちの前で擦って火を点けた。
シュッと、リンの香りがしたかと思えば、橙色の軟らかな光が赤い火から放たれた。
人の頭くらいの光は、ぼんやりとわたしの手元で輝いている。
「あぁ……!!」
その光を彼女たちは泣きそうな顔で見つめて、大切な人の名前を呼ぶのだ。
わたしが灯したマッチの明かりに、戦死した人の姿が映って見えるんだって。そう教えてもらってから、この仕事をしている。
教えてくれたひとが誰だか、思い出せないけれど。
わたしには、どれだけ強く願ったって、キミの姿が見えないけれど。
「……あっ」
感傷的にキミのことを思い出してたら、マッチの火はリンを燃やし尽くして消えた。
光だって消えて、何も残らない。
消えてしまった灯りを前に、彼女たちは涙を流しているだけ。
それでも、涙を拭って笑ってくれる。
「ありがとうミアちゃん」
「また、頑張る力を貰ったわ」
「ありがとう……、ありがとう」
涙を拭いながらわたしにお代を渡してくれる彼女たちは、強いと思う。
たった数秒しか見れない大切な人の姿でも、前に進もうとする気力に繋ぐんだから。
じきに彼女たちも、わたしの夢はいらなくなる。ちゃんと現実と向き合えるような強さがあるから。
わたしにはそんなのないから、キミを失った傷が癒えることはないんだろうけど。
シュッと、マッチを擦って火を灯した。
暖かな橙色の光が手元を照らす。
じっと火を見つめてみても、見えないんだ。
わたしには、キミの姿が見えないんだ。