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□小噺紙片
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 かごめ かごめ
 籠の中の鳥は いついつでやる
 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った
 後ろの正面だぁれ?


 後ろにいたのは、だぁれ?
 君? それともこれは、僕自身?


「後ろの正面、だぁれ…………?」


 これは夢の声じゃない。
 少し高めの、少年の声。耳に馴染むまで少し時間が掛かったけれども、これはきっと君の声だね。

 ふ、と意識が覚醒した。
 ゆっくりと瞼を押し開けて、ぼぅっと白い天井を見上げた。

 ここは何処か、いや、そんなことはどうだっていいんだ。
 重要なのは僕が彼らに連れ出されてここにいると言うこと。
 売り物だった僕が強奪された、と表現しても良いと思う。彼は僕の意志を尊重した、とでも言うのだろうけど。

 息苦しくて、喉元に手を動かすと何かが触れた。
 首にはまだ、首輪が取り付けられたまま。外してくれても良いのに。


「おや、目が覚めたかね。気分はどうだい?」

「……最悪」

「そうか、では後で運び屋を減給としなくてはならないな」


 僕を奪ってきた彼は、ゆっくりと近付いてきたらしい。足音が近くに聞こえる。
 身体を起こすにはやけにダルいから、視線だけを彼の方に向けた。

 あぁ、でも待って。
 こんな偶然ってあるものなんだろうか。


「驚いているようだね。無理もない、他ならぬボクでさえも驚いたのだから」


 君は、僕にそっくりだった。
 いや、僕が君にそっくりだったと言うべきなのだろうか。
 とにかく、僕らは瓜二つと言っても過言にはならないくらいに、よく似ていた。


「だから言ったであろう? ボクはキミしか連れ出すつもりはないと」

「……似てるからってこと?」

「それもある。だが、それだけではない」


 姿が鏡で映したようにそっくりの僕に、価値を見出だしただけじゃないってことだろうか。
 少なくとも、僕の姿以外に利用価値があると思われているらしい。

 そもそも、僕にそんな立派な価値があるとは思えないけれど……。


「キミは、かごめかごめ、と言う童謡を知っているかね?」

「籠の中の鳥はいついつ出会う……って言う、あれ?」

「そう、それだよ」


 彼は懐中時計で時間を確認してからゆっくりと口を開いた。

 一体何を言いたいのだろうか、と体のダルさを隅に押しやって、寝かされていたソファーにきちんと座り直した。


「あの話には色々な説がある。埋蔵金の隠し場所だとか、心中説だとか、未来予想だとか、様々ね」

「はぁ……」

「それが何の話に繋がるか分かっていない顔だね。よろしい、説明しよう。キミ、この童謡を最後まで歌ってみたまえ」

「……え」

「聞いているのはボクだけだ。恥ずかしがることなどない、遠慮せずに歌いたまえ」


 僕に拒否権はやっぱりないらしい。

 いきなり歌えと言われても、どこか気恥ずかしくて躊躇っていたかったんだけれど、有無を言わさない視線が僕に早くと急かしてくる。

 上手くないんだけど、何の嫌がらせかと思う。


「かっ………、
 かごめ かごめ
 籠の中の鳥は いついつでやる
 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った
 後ろの正面だぁれ?」


 たどたどしく紡がれたメロディが、僕の小さな声に乗せられて流れていった。

 やっぱり、お世辞にもうまいとはいえないんだけど、君は何故か満足そうに笑っていた。
 僕に対する嫌がらせに違いない。


「素晴らしい、さすがだよ。君の歌声は」

「……そりゃどうも。なんの嫌がらせかは知らないけど、この歌が何だって?」

「何、簡単なことだよ。籠の中の鳥はキミ、つまり囚われのキミのことを指している」


 理由になってない。

 怪訝そうな顔をした僕に、まぁそう焦るな、と君は余裕顔で続けた。


「始めから解釈をしてみよう。“かごめかごめ”とは、捕えて逃げられないようにすること」

「“籠の中の鳥”は僕。いつになったら出られるのかと言うのは、いつ解放されるのかと言うこと?」

「そう。夜明けの晩と言うのは言わずもがな時を示しているだけ。すると重要なのは次だ」

「鶴と亀がすべった……」

「不吉の象徴だよ。めでたいものの象徴が滑ってしまうのだからね」


 それが、僕の脱走に繋がると言うこと?
 それはあまりに……


「馬鹿げてる」

「おや? 何故そう思うんだい」

「ただ無理やり当てはめているだけじゃないか。何の意味もないし、こんなの理由にもなってない」


 ただの時間の浪費だ。
 僕は君の時間潰しに付き合うつもりはない、そう言いたくて真っ直ぐに言った。

 君は少しきょとんとした表情をして、僕を見ていた。
 この場に沈黙が落ちる。

 居たたまれなくなって、逃げだそうにも逃げる場所がない僕は、その場から動けなかった。

 あぁ、どうかしたくてもどうすることもできないじゃないか。

 幸か不幸か、沈黙を破ったのはやけに明るい第三者の声だった。


「あれ、何この重い雰囲気。お兄さんすっごい入りにくいんですけど」

「あぁ、運び屋。大したことはないから気にするな」


 運び屋と呼ばれた男の人。
 きっとこの人が僕を運んできてくれた人なんだと思う。


「あぁ、目ぇ覚めたみたいでよかったな。生物の扱いには慣れてなかったから、どうなることかと心配してたんだよ」

「……はぁ、どうも」

「そんなことより、運び屋。やはり合格だったよ」

「へー、それじゃ込み入った話をするんだ? なら出なおそうかな」

「是非ともそうしたまえ。キミがいては話しにくい」

「はいはいっと」


 それじゃ、とあっさり外へ出ていった運び屋さん。
 僕と君とが残された室内に気まずさが残る。

 ねぇ、待って。
 合格ってどういうこと?
 それだとまるで、僕を試していたかのような……。


「さて、真面目な話をしようか。キミは合格だ」

「は?」

「今までのはただのでっちあげ。キミが冷静に考える力があるか試しただけだよ、すまなかったね」


 君が言う謝罪の言葉には、からかったような響きは全くなかった。
 でも試されていたのは本当。

 何のために?

 聞くまでもない。僕がどんな奴か検証するため。

 僕の想像でしかないけれど、きっと君の中の合格ライン以上にいけたんだろうね。
 たからか、今君はすごく真面目な話を切り出そうと、真剣な目で僕を見つめている。


「今からキミに言うことに嘘偽りはない。だが、信じるか信じないかはキミ次第だ」

「……続けて」

「かごめかごめ。この童謡は言わば呪い。籠の中の鳥とはキミのことではなく、ボクのことだ」


 呪い。

 キミは確かにそう言った。
 たかが童謡が呪いだなんて、そんなふざけた話があるとは思えない。

 でも、語る君の目は本気だ。
 それが、僕を混乱させる。


「籠とは僕を蝕む呪い。いつ出やると言うのは、いつ解けるのかいや、解ける日はこないだろうと言う意味を含んだ断定疑問詞だ」

「“籠の中の鳥はいついつ出やる”……呪いを掛けられた君はいつになっても解けやしない」

「つまりはそう言うことだ。重要なのはその次、夜明けの晩。これは意味が矛盾していることに気付いたかい?」


 言われてみれば、そうなのかもしれない。
 夜明けと晩は、別々の時間帯を示す言葉であって、一緒に使うべき言葉じゃない。

 でも、君の解釈通りに考えると、何となく意味が通じる。


「晩は呪いを掛けられている暗い期間で、夜明けは、解ける兆し……?」

「そう解釈すると、鶴と亀が滑るのはボクにとっては吉と言うことにならないかい?」

「呪いを掛けた人にとっては、不吉ってことかな」


 最後に残る、フレーズ。
 後ろの正面、と言う言葉も少し難解だと思うのは僕だけだろうか?


「ボクが考えるに、後ろの正面とはキミのことを指しているのではないかと思うんだ」

「僕を?」

「そぅ、後ろも正面も、自分では決して見ることはできない。だからボクとそっくりなキミが鍵になるのではないかと考えたのだよ」

「……呪いを解くのは、だぁれ? ってこと?」

「そうだと思う。だからこそボクにはキミが必要なんだよ」


 呪いを解くために、僕が必要。
 だから助けた。

 納得のいくような感じだけど、納得しなくちゃいけないんだけど、どうしても気になる点が一つ。


「……呪いって、何?」

「……呪われた経緯についてはまた今度だ。だがボクの呪いは……」



“ボクの歌を聞いた者は、一人残らず死んでしまう”



 それを聞いたとき、身震いがした。
 道理で君にとっては忌まわしい童謡なのに、僕に歌わせた時に嬉しそうだったんだ。

 だって君は歌えないから。

 淋しそうに笑って君は続けた。


「それから、永遠にこの姿だ。かれこれ100年ほど同じ姿のまま。不老不死と言えば聞こえは良いが、不変ほど苦痛なことはない」


 助けなくちゃ、と思った。
 淋しそうに語る君を、どうにかして助けなくちゃって漠然と思った。


「僕は、どうすればいい?」

「何、簡単なことだよ」


 君は淋しそうな顔のまま続けた。


「ボクの傍にいればいい。あぁ、それから、時々でいいから歌ってくれると嬉しいよ」


 それでいいのなら、確かに僕は自分の意志で君の傍にいようと思う。
 淋しそうな顔を、これ以上させないように。できるかぎりは応えよう。

 僕はゆっくり君に向かって頷いた。


「ありがとう。ところで、そろそろその目障りな首輪を外したまえ」

「言われなくてもそうするよ」


 そして僕は、囚われの売り物から、君の物へと代わることとなった。

 従属の証はいらない。
 首輪を外した僕に、君はにやりと笑った。


「これから、よろしく頼むよ?」

「こっちこそ」


 こうして、僕らの奇妙な毎日が始まった。




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