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□大好きで大嫌いで
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「あの……っ、笹川先輩」
「ん?」
ちょいちょいと手招きする、多分後輩だろう女子。俺のこと? と自分を指差すと、その子は何度も頷いた。
購買で運良く五つもパンが買えたから、第一棟に戻る途中だったんだけどな……。
第二棟の裏手に手招かれて、とりあえず行ってみることにした。
池に面していながらも木陰となっているその場所は、この無駄に広い学校の穴場だったりする。サボり……いやいや、たまに休みたいときに来ると人目も遮られるし、いい感じに温度調節されるしで、知る人ぞ知るって感じなんだけどな。
「俺なんかに、なんの用?」
こんな場所に呼び出されるような、そんなことこの子にした覚えないけどな……。
ダークブラウンに染めた髪を緩く巻いて、生活指導に口喧しく言われない程度に薄く化粧している。背だって小さくて、世間一般の目で見れば可愛い女の子ってとこだよな。
ただ、名前がまったく出てこねぇって言う……。なんだっけ? 何で関わった子だったかな。
「あのっ、突然こんなところまで呼び出してスミマセン……!」
「あぁ、そんなことくらい別に構わないけど」
ただ朝飯抜いてきて腹減ってるから、用件はさっさと言ってくんねぇかな。ってのは、思ってても口には出さねぇけどさ。
名前が思い出せないその子は小さく深呼吸を繰り返して、それから俺の様子を伺うように視線をあげてきた。
少し赤く染まる頬に上目遣い。それだけで何が言いたいのか分かった気がする。
「あの、ですね……」
「うん?」
「前から、笹川先輩のことカッコいいなぁって思ってたんです」
「お、おぅ」
そんなこと言われたことねぇから、柄にもなく動揺しちまった。カッコいいとか、冷やかしでしか言わねぇよな?
女の子はどうなのか知らねぇけど。
「それであのっ、笹川先輩さえよろしければ……私を先輩のっ、彼女に、して頂けませんか……!?」
耳まで真っ赤に染めて、上手く口が回ってないなりに言い切られた。噛まなかっただけ、まだましな方なのかもしれないけど。
“彼女”か。
彼女ねぇ……。
目の前のこの子を彼女にしたら、可愛い彼女がいて羨ましいとかかんとか言われるに間違いない。確かにこの子は可愛いし、自慢できるような子でもある。
でも、違うんだよな。
「気持ちは嬉しいんだけど……」
この子は“あいつ”じゃない。
「俺は君の彼氏にはなれない。俺なんかよりも、君に似合うような奴いるだろうし」
「それ、は……、笹川先輩に、もぅ、彼女がいる、から……?」
あいにくと、彼女いない暦=年齢なんだよ。情けねぇ話。
動揺しながらも必死で言葉を紡ぐ健気な様子に、本当になんで俺なんかにそんな言葉掛けてくれるんだろうな。
こんな可愛い子フルとか、何もったいないことしてんだって、いつもつるんでる奴らがもしここにいたら、俺はタコ殴られの刑だな間違いなく。
「……好きな子がいるんだ」
「!?」
「片想いだけど、さ」
自分でも、何こんなこっ恥ずかしいこと言ってんだって感じだけど、それは事実。
完全なる片想い。意識されている様子はまるでなし。
戦況は到って不利の模様であります! とかふざけたこと抜かせるくらいに、想いが実る確率だって限りなく低い。
でもあいつがいい。
隣に立つなら、隣に立ってもらう相手はあいつがいい。
……我ながら重症だとは思うけどな。
そう思って苦笑を浮かべたら、その子は歪んだ顔で精一杯笑顔を浮かべた。
「そ、うですかっ! 笹川先輩、頑張ってくださいね! 貴重な時間を……ありがとう、ございました……っ」
「……おぅ」
震える声で顔を伏せながら、最後は逃げるようにして駆け抜けてくあの子。結局名前が思い出せなかったけど、他に言葉は掛けられなかった。
想いに応えてやれなくてゴメンな、とも言えない。
俺があいつにそう言われたら、きっと立ち直れない。だから言えなかった。
あの子の姿が見えなくなって、俺だけがこの場に残された。
受験を意識するようになってから付けるようになった、黒い革製の腕時計を見る。
12時半か……。
今から第一棟に戻ると、とっくに食い終わってる奴らに邪魔されて飯が食えない気しかしねぇ。ってことはここで食っちまうが吉、だよな。
軽く息をついて、確か近くにベンチとかあったよなぁと歩きだして……止まった。
「よっ」
「よっ、じゃねぇよ何でお前がここにいんだよばかつき」
「うっわひっでー、たまたまだっつーの。何でそんな嫌そうな顔すんだよ?」
にかっと人懐っこそうな笑みを浮かべるだけで、なんかキラキラしいエフェクト掛かってんだけど。
淡い金髪に長身、それから甘いマスクの……お前はどこぞのゲームの皇子か!? とでもツッコミができそうなこいつは、龍神暁。あの龍神カンパニーの御曹司様らしい。
性格にはちょっと問題あるけど、黙ってりゃぁいい男だから腹立つことにファンクラブとかできてやがる。まぁ、それ利用して元写真部部長としての腕前で撮った写真売っぱらってたこともあるから、特には言わねぇけど。
まぁ座れよ、とベンチのもう片側を目で指し示してくる。ベンチ探してたとこだったから、遠慮なく座ってやるけど。
「んで、お前ここで何してたんだよ」
「ん? 食堂のカツカレーの人数制限内に入れなかった傷心を癒してる真っ最中」
「お前馬鹿じゃねぇの? 実は馬鹿なんじゃねぇの?」
「馬鹿じゃねぇよ。限定五食のあのカツカレーマヂで美味いんだよ……!!」
ガチで悔しいのか、拳を固めて苺牛乳の紙パックのストローを噛み締めている。いや意味分かんねぇからな、お前の主張。
そんな暁なんかに構ってられるかと、買ってきたパンを胃の中に収めちまおうとした。腹が減って……減りすぎて痛くなってくるんだって、マヂで。
「あ、いくつか分けろよ。コロッケパン食いてぇ」
「てめっ、勝手にとるんじゃねぇよ!」
「苺牛乳と交換ならいーじゃねぇか、ほら二パック」
「二パック!? お前何でそんなに苺牛乳買ってんだよ!?」
「どあほう、ヤケ酒ならぬヤケ苺牛乳に決まってんだろ?」
「どアホはお前だろ間違いなく」
まぁいーじゃねぇか、と半眼になって睨んでいる俺から二つもパンを奪っていく。
畜生、てめぇ今度覚えておきやがれ。と心の中で呟いて、暁から渡された紙パックにストローを突き刺した。
飲み物買い忘れてたから、丁度よかったけどさ。……苺牛乳だけど。
「んで?」
「あ?」
「信紀は誰に片想いしてんだって?」
「ごふっ!?」
やっべ、変なとこ入った。水っ、いや苺牛乳で妥協するけど苦し……っ!
むせ返った俺を見て、暁はニヤニヤと笑っていた。
「なんだよ、あれマヂだったわけ?へぇー」
「っ、てめっ、なんっ」
「とりあえず、一回落ち着けって」
落ち着けるか!! むせ返ったのをなんとか治して、甘い苺牛乳を飲み干す。
とりあえず動揺が表に出ないように努めて……と言っても、こいつの前でうまくいった試しがねぇけど。
「……暁、お前いつから見てた?」
「最初から。見てたっつか、聞いてた?」
俺始めからここにいたし、といけしゃあしゃあと言う暁を殴り飛ばしたくなった。
聞き耳たてる前に、気を利かせて場所移れお前は!
「声だけだから自信はねぇけど、多分2―Cの松原麗だな。図書委員長の、最近噂されてた」
「お前の頭には全校生徒のデータベースでもあるのかよ……」
「馬鹿言え、全校生徒だけじゃねぇよ分かるのは」
馬鹿はてめえだ。
と言うか、そっか。あの子松原って名前だったか……。松原、松原……ダメだ。名前聞いても、何で関わったか全然分かんねぇ。
「俺最低だなー」
「本当にな。信紀のために、せっかく可愛くなる努力したのになー」
「二重にひでぇな俺……」
別にそんなこと頼んじゃねぇけど。
半分に減った焼そばパンを一気に詰め込んで、甘ったるい苺牛乳を流し込んだ。
「それで?」
「あ?」
「健気な松原フッた信紀は、誰に片想いしてんだ?」
……せっかく話を逸らしたのにてめぇは!
ニヤニヤ顔で見るな。イラッとする。
「何でてめぇなんかに言わなきゃなんねぇんだよ」
「……ふーん、否定はしねぇんだ」
「否定しようがしまいが、暁が本気出したら何でも見通されそうな気がすんだけど」
「まぁあながち間違っちゃねぇな」
さらりと怖いこと言うなよ。そこは否定しろ。
ガジガジとストローを噛みくわえながら、暁は背もたれに寄り掛かった。背中を仰け反らせて空を見上げる。
「まぁなんとなくは分かるんだけどなー」
「あぁ、じゃぁてめぇの脳内予想の奴には手ぇ出すな」
「人をタラシみたいに言うなよ。今まで誰にも手なんか出したことねぇよ」
「知ってる」
むしろお前は存在が危険だ。暁自身にその気がないとしても、無駄に目を惹く外見が余計なことから何から引き付ける。……後その性格とか、テンションとか色々も踏まえて。
まぁ、あいつが暁に惚れるような奴じゃねぇのは知ってるけど。
「……なぁ」
「ん?」
「言わねぇのか?」
静かな声。からかいの響きなんか含まれてない。緑掛かった黒い瞳で空を見上げて、ぽつりと言われた。
何が、なんて言葉にされなくても分かる。
「……言わねぇよ」
言えない。伝えられない。俺の気持ちは打ち明けられない。
今の関係を壊したくないから。
フラれるって分かってんなら、今の関係のままでいたい。この幸せだと感じれる間だけは、好きとか嫌いとか無視して傍にいれるから。
ただの先輩と後輩で、いい。
「……言えるときに言わねぇと、後悔すっぞ」
その一言がやけに重くて、返す言葉に詰まった。
「まるで、今も後悔してるみたいな言い方だな」
「あぁ、あいつらはまだ引き摺ったままだからな……」
見てるのが辛い。
そう呟いた暁の言葉は、いつもの掴み所のない飄々としたものなんかじゃなくて、重く俺の心に留まった。
01.了