player:prayer

□Level.ex ようこそ日本へ 温泉編
1ページ/14ページ


反射的に閉じていた目をゆっくりと開く。視界には瓦屋根に白壁という、いかにも日本的で風情ある佇まいが広がっていた。
その景色は、イノリがパンフレットを見ながら転移を念じた場所に相違ない。

「またまたテレポート大成功!」

満足げに腕を組むイノリを、ゲドは相変わらず冷めた目で見ている。
しかしその視線を、天守閣のある純日本的な城をコンパクトにしたような旅館に移すと、彼は小さな溜息を漏らした。それはいつもの無気力とか呆れなどではなく、無言の感嘆だった。

「立派な旅館だねー。こんな建物、あっちの世界では見たことないでしょう?」

「あぁ。忍びの隠れ住む里はこんな感じらしいが、俺は初めて見るな」

「そっか。じゃあ、あなたは今、わくわくしてるよね?」

「………まぁ、多少は」

ゲドの不愛想な肯定に満足しながら、イノリは石畳の短い橋を渡り、旅館の玄関の戸をからからと開ける。
中に入った瞬間、鮮やかな柄の絨毯に目を奪われる。フロントの横に設置された水槽には熱帯魚が尾鰭を優雅に揺らしながら泳いでいた。
カウンターに立つ恰幅のいい女将は、髪を結い上げ着物をきっちりと着こなしており、二人の姿を認めると深々とお辞儀をする。経験を重ねないと出来ないであろう流れるような所作は、それだけで歓待の意が伝わり、不思議な安らぎを感じた。

「ようこそいらっしゃいました。本日はご予約でしたでしょうか」

「はい。連絡いってるかと思うんですけど、これ…」

イノリは福引きで当たった宿泊券を取り出し、女将に手渡す。それを見た途端、女将は思い当たる節があったようで、目を大きくして頷いた。

「えぇ、お伺いしておりました。イノリ様、ゲド様ですね。ご当選おめでとうございました」

「ほんと運が良かったよねー。この旅館、人気があってすぐ予約埋まっちゃうらしいから」

イノリは携帯で旅館のレビューサイトを閲覧し、自分たちの幸運さを改めて実感した。画面をスクロールすると五つ星の評価と賞賛のコメントがずらずらと流れる。

「本日はたまたまキャンセルが出ましたから、すぐにお部屋を準備できました。それを含めて、お客様方は運が良かったですね」

「なんだか急に来てしまって申し訳ない気もするんですが」

「いえいえ、この商売は部屋を埋めてなんぼなものですから。仕込んでいたお料理も無駄にならないし、むしろありがたいですよ」

女将は「まったく、直前のキャンセルは困るのよねぇ…」と小声で愚痴を漏らす。ネット予約が普及している昨今、簡単に宿泊の予約を取ることができるが、気軽に予約を取り消してしまう人もいるそうだ。便利な反面、観光業界は頭を抱えているらしい。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ