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□Level.ex あるひ(PM)
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小さな部屋に閉じ込められ、フリルたっぷりのドレスを着せられ、イノリは何かをぶつぶつと唱えていた。
「えーと…『もう、朝が来てしまいます。太陽など、昇らなければいいのに。そうしたらいつまでも…』」
熱き戦いの雌雄は、とうに決していた。
勝利の女神が微笑んだのは、エミリーだ。
互いに純粋に勝負を楽しみ、戦った。互いの戦法を比べて、学びとるものがあった。
だからイノリは、勝負に負けたことは、あまり悔しくはなかったのだが、
「はああぁー…」
長嘆息を漏らしていた。
その原因はたった一つ。敗者は勝者の言うことを聞く、というルールのせいだ。
勝者エミリーが敗者イノリに下した命令。
それがまたかなり難儀なものだったのだ。
『私、劇場で大役をやらされることになっちゃってさ。なんか恥ずかしいから、代わってくれない?』
無論、敗者には拒否権などない。
というわけでイノリは、本番間近の楽屋で台本の台詞を頭に叩き込む、という大変な作業に追われている最中なのである。
演目は、ロミオとジュリエット。イノリの担当する役は、ジュリエット。
主役だから荷が重いような。短い劇だからそうでもないような。
いずれにしろ、舞台に上がると決まった以上、イノリは頑張るしかないのだ。
「私の他に…誰が舞台に立つんだろう…」
ジュリエット役として気になるのは、その恋の相手のロミオ役が誰なのかだ。
イノリはどきどきした。色んな意味で。
「そろそろ…開演の時間ですよ」
白い仮面を被った劇場支配人が楽屋を訪れ、イノリを緊張させる一言を放った。
「ナディールさん。もう、始まるのね」
「フフフ…一度舞台に立ち、あの歓声と光を浴びれば…あなたも舞台のとりことなるでしょう…」
舞台に想いを馳せ、恍惚するナディール。
「まだ台詞を覚えきれてないんだけど…」
「大丈夫です、恋する乙女になりきれば。許されぬ恋…束の間の逢瀬…そして……。あぁ!なんと悲しく美しいのでしょう!」
「恋する乙女、ねぇ……」
「そんなに緊張しないで下さい…フフフ…あなたの瞳に隠された、演技の才…信じていますよ…」
ナディールに励まされたイノリは、三回深呼吸をしてすくっと立ち上がった。
「……それじゃあ、行ってきます」
ドレスの裾を持ち上げ、舞台袖へ出る。
舞台へ近付く程に、大きくなる拍手の音。
セットの階段を一段踏むたびに、覚えた台詞が頭から抜けていくような気がして、イノリは戦々恐々としていた。