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□Level.1 はじまり
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静まり返った薄暗い洞窟の中。

準備は、整った。
青年はごくりと唾を飲み込み、緊張感で乾いた喉を湿らせる。
彼は、古い文献をいくつも読み漁って、ようやく完成させた複雑な紋様の魔法陣の前に立ち、精神を集中させた。
いにしえの、召喚の秘術。
それを行使せんと、彼は己の魔力を極限まで引き出し、深く息を吸い込む。

「…我が技と契約において、百万世界に門を開き…此処に異世(あだしよ)の女神を呼び寄せん…」

青年の高らかな詠唱が反響する。
彼は足元に描かれた妖しげな魔方陣に手を置き、その形を頭の中に描いた。

「光の剣を携えし翼の乙女よ、我が元へ来たれ……!!」

…来い!
来い!!
来い!!!

強く、強く、願った。
華奢な拳に爪が深く食い込む程に。
すると、中指にはめられた指輪の石が、きらりと一瞬輝いた。
そして、それに反応するかのように、足元の魔方陣が強い光を放ち始める。
青年は溢れる光に堪え切れず、目を瞑った。

「く、っ……!」

目を固く閉じても、その強い光の眩しさに青年は目を灼かれる。
勢いを増す光は、強風を起こし、彼の緑がかった茶色い髪をなぶった。

やがて、風が止んだ。
次に、光が消えた。
そして、青年は目を開けた。

「やったか……!?」

彼は緑色の目を大きく見開き、その目を疑った。何もない。

さっきまであんなに物凄い光の海だった筈の目の前には、やはり何もない。
彼が求めた者も。時間を掛けて描いた複雑な魔方陣すらも。
さっぱりと消え、彼がここに来る前の状態に戻ってしまっていた。



どん、と地面にめり込む拳。

「術式は、間違っていない。確かに、召喚したはずだ……!」

何度も、何度も。悔しさを、消えた魔法陣の場所へ叩きつける。
血が滲んでも、青年はその無意味な行為を止めなかった。止められなかった。





コツコツ、と今度は地面を蹴る靴の音が洞窟の中に染み渡るように響く。
ゆっくりとリズムを刻む穏やかな足音は、女性のそれであった。
膝を付いてうずくまる青年の姿を捉えた彼女は、顔を強張らせて彼の元へ駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか…ルック様…?」

「……僕には…時間が無いのに……!」

青年は嘆いた。

「この世界を砕く女神は、何処に堕ちたんだ…」

自分と世界を呪う暗黒の感情の中の隅に現われた疑問は、小さく反響し儚く消えた。





…異世の者よ、壊してくれ。
呪わしい世界を。
哀れな僕を。
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