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□Level.Last みらい
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無駄におしゃれをして、カバンに無駄に荷物を詰め込んで、外に飛び出す。
軽やかな足取りで、気の向くままに。

整備されたアスファルトの道を車が行き交う。
すれ違う人々は楽しそうだったり、忙しなかったり、様々であるが、それも平穏な日常の中に埋没した一瞬を切り取ったものだ。剣と魔法のファンタジーは、空想の中にしか存在しない。
ごくごく平凡な風景。それが今は贅沢なものにも感じる。



赤々と自己主張する歩行者用信号。イノリはそれが青になる瞬間を、そわそわと横断歩道の直前で待っている。

「ねぇ」

イノリの背中に、声を掛ける者がひとり。しかしその声は自動車の通過する音でかき消され、イノリの耳に届かない。

「ねぇってば」

声の主は、再度、少し苛立ちを滲ませながらボリュームを上げて声をぶつける。少年と青年の狭間という表現がどんぴしゃの涼やかな声は、ようやくイノリを振り向かせる。
瞬間、強い風が吹き抜けた。
そこに立っていたのは、目鼻立ちの整った若い男性だった。緑味を帯びた茶髪と、吸い込まれそうな緑の瞳が印象的で、イノリはその美しさに暫し目を奪われた。

「これ、落としたよ」

彼はぱんぱんに膨らんだ財布を手に乗せ、イノリの鼻先に突きつけた。それは確かに、イノリがカバンに入れていたはずの物だった。どうやら、浮かれてカバンを開けっぱなしにしていたらしい。

「あ!私の財布だ!!ありがとうございます!」

イノリは財布を受け取り、身体を折り畳むように何度も頭を下げた。そして、彼を食い入るように見て尋ねる。

「……失礼ですが、どこかで会ったことないですか?」

彼を見て不思議な感覚にとらわれるのは、単に顔が整っているからではなく、既視感があったからだ。
彼は、イノリの問いに驚いて一瞬目を見開いた。彼もイノリの全身を丹念に眺めて、記憶を繰るように眉根を寄せる。

「なんだか、僕もそんな気がしていたんだ。…でも、分からない」

彼は残念そうに首を横に振ったが、イノリはきらきらした笑顔を浮かべていた。

「私、なんか今日はいいことあるような気がして、ふらっと出掛けようとしてたの。ふふふ、さっそくいい出会いがあった」

「バカじゃないの?カバン全開で財布落としてたくせに」

彼は言葉と同様に刺々しく蔑むような視線で、イノリをじっとりと睨む。

「初対面でずいぶんな物言いだね」

「すまないね、初めて会った気がしなくて。君みたいな変人、なかなかいないはずなのに」

彼の皮肉たっぷりの冷めた微笑みに、イノリは顔を引きつらせた。しかし、清々しいまでの毒舌には、イノリは嫌悪感よりも興味深さを感じていた。
彼のことが、妙に気になる。もっと、知りたい。

「まぁ、ここで会ったのも何かの縁かも。私はイノリ、よろしく」

「イノリか…やっぱり、聞き覚えはないな」

イノリが握手を求めて手を差し出すと、彼はちょっと照れくさそうに応じた。彼の手は案外華奢で、何となく悔しくなる。
また、風が強く吹いて、木の葉をまき散らしていく。
イノリも彼も、暴れる髪の毛を鬱陶しそうに押さえた。

「わー!風スゴくなってきたねー!!吹っ飛んじゃいそう!あなた、雨男ならぬ風男なんじゃない?」

楽しそうに両手を広げて風を感じているイノリに、彼は綺麗な目を細めて小さく笑う。

「風男?何それ。君も結構失礼なこと言うじゃない。…僕の名前は、」

彼の名を聞いた瞬間。
イノリの心はざわめき、気まぐれな風にさらわれた。








百万世界。
それは、並列して存在している無数の世界の総称。
そして、複数の世界に、同じ人物が存在することもあるという。


イノリは実感した。
優しい奇跡が起こる世界は、意外と身近にあるのだと。


Fin.

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