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□Level.21 そうそう
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「やるべきこと…?」

レックナートは長い睫毛に縁取られた目蓋をぴくりと動かした。僅かに語尾を上げただけの曖昧な疑問符に、イノリは僭越にも、凛としてこう言い放つ。

「ルックとセラを、救いたいんです。まだ帰る訳にはいきません」

壁の穴から吹き込んでくる風がふいに強まって、二人の髪が踊り、衣服が激しくはためく。
盲目の魔術師は、眉根を寄せて目を閉じている。しかしながらイノリは彼女からじっと見つめられているような感覚にとらわれ、真っすぐな視線を送り返した。眼差しで想いをぶつけるように。
暫しの沈黙を経て、レックナートは厳かだった表情を解いて微笑んだ。

「そうですか………星を宿さぬあなたならば…定めに縛られず、運命を変えることが出来るかもしれませんね」

「ありがとうございます。きっと、成し遂げてみせます」

「あなたの意志の強さ…確かめさせて頂きました。あなたがここに来た理由は知っています。異世の鍵の封印を解くには、真の紋章の力が必要…。私の力を、お貸ししましょう」

レックナートは静々と異世の鍵の前に立つと、ほっそりとした手で撫でるようにそれに触れた。途端にそこから溢れ出す真の紋章の魔力の強さに圧倒されつつ、イノリも彼女と同じように石版に手を触れる。一重に、願いを込めて。

…こんなことを願うのは、身勝手な話かもしれません。
でも。どうしても。
救いたい人がいます。
守りたい人がいます。
変えたい未来があります。
どうか、力を貸して下さい。

手に強く想いと力を込めると、石版は蒼白く柔らかな光を帯び、段々輝きを増していった。

「…う、っ」

そしてイノリの中に奔流のように押し寄せてくるのは、遥か昔からずっと異世の鍵に封印されていた、戦乙女と謳われた少女の力。
欠けてしまったものが急激に満たされていく。今まで身体に宿っていたもの以上の強く優しい力は、イノリの脈拍を尋常でない程に大きくさせ、太鼓の音のように響いては内臓までもを揺るがす。
いつの間にやら背中には、翼が出現していた。完全な左右対称。一刀両断したはずの右翼が再び生えており、呪いの印も消えている。

「翼が…元通りになってる。………!?」

急に頭を刺激する奇妙な感覚。思わずイノリはこめかみを押さえた。驚きはしたものの、不快な感覚ではない。
まるで夢を見ているかのように、誰かの意識が声となって心に語りかけてくる。

『…この力は、人を救うための力。この力を、あなたの役に立てて下さい。それが、かつて信じる者を救うことが出来なかった私の、ただ一つの願い…。どうか、ご武運を……』

真の紋章のように、異世の力にも使用者の意志が残ることがあるのだろう。高く優しげな声があの童話の少女のものであると、イノリはすぐに理解した。

…救ってみせるよ。絶対に。

同じ境遇だった少女に、石版を撫でながら心の中で答える。と、彼女の意識は異世の力の中に溶け込んで消えた。

弱まった異世の力を強化することに成功し、これで今回のミッションは終了だった。イノリは改めて、思いもよらなかった協力者に向き直り頭を下げる。

「レックナート様、ありがとうございました。私が力を取り戻せたのはあなたのお陰です」

「…もし出来たならば、あの子達に伝えて下さい。掃除をお願いしたいので早く帰ってきて欲しい、と」

バランスの執行者はその呼び名らしからぬ茶目っ気を言葉に滲ませると、優しい光に包まれて姿を消した。

「…さてと……私も帰ろうかな!」

一つの問題が解決し、すがすがしい気分で、荒廃して埃の舞う教会を後にするイノリ。仲間達に結果を伝えるのを楽しみにしながら、その時の皆の反応を想像しながら、ササライの待つ円の宮殿へ急ぐのだった。


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