「さぁ、神威。お前の手ですべてを決めろ」 その剣で、と抗うことなど許されない物言いに。神威の顔は絶望に染まっていく。 「俺はお前の沿星。お前が死ぬならば、俺は生き。お前が生きるならば、俺は死ぬ。」 「……っ、なんで」 大きな瞳から溢れる涙は抗うことなく地面へ零れ落ちる。二人の運命もただ逆らうことなく堕ちていくだけだ。誰も救い上げることなどできない。 「これが運命だからだ」 剣を手にする神威に力はなく、易々と懐に入り込めた。その勢いのまま腹に拳を打ち込む。神威は鈍いうめき声を上げ、顔を歪ませた。瞬時に反動で軽い身体を回転させて地面に叩きつけた。 倒れた神威を跨ぎ、剣先を震える喉元に突き付けた。 「選べ」 ぐっと剣先を進めると、つぷりと赤い液体が流れ始めた。それでも神威は、ただ名前を呼び続けるだけ。 「―――封真っ!」 封真、封真…、俺の中にあった自分へ、何度も何度も呼び掛ける。俺の目を見ているはずなのに、どこが別なものを見ているようで。視線が交わらない。そんな態度にカッと頭が白くなった。 「っがは、あッ…ゲホっ、は!」 無意識に加わり過ぎた力は、気付けば神威の喉に剣先を立ててしまい、押し潰していた。ぱくぱく上手く呼吸できないと口からは、もう名前を聞かずに済んだ。 えぐりすぎた喉元からは夥しいほどの、赤。神威の額には痛みからか、脂汗が滲んでいた。 「生か、死か。」 選べ、と再度の問いに。神威はひゅっと息か鳴るだけで。口をぱくぱく動かすにも、流れる血液が増えるばかりだった。 そうして、何かを諦めたような神威はゆっくりと瞼を下ろした。閉じた瞼からは涙が零れ、それを合図に。 喉元にあった剣は狙いを定めたように高く掲げられ、一気に――――――。 誰かの幸せは、誰かを不幸にするから。 皆が幸せになる方法など、ない。 俺達が一緒に生きて幸せになる道など、生まれたときからなかったんだ。 たとえ、どんなにそれを望んでも――――――、 「――――――っ!!」 機能を失った喉は声にならない奇声を上げて、大きな瞳はいっぱいに開かれていた。 いま、この瞬間。神威の瞳には自分だけしか映していない。その愛しい瞳に映っているのは、俺だけ。 揺らぐ視界の中。そんな優越感で満たされてしまう俺は重傷だと、思わず笑ってしまった。 ドンッ、身体に鈍い衝撃が伝わると地面に倒れた身体は、自分のものとは思えない程に重く、自由が聞かない。 「封真っ――――!」 見上げる神威の顔は涙でくしゃくしゃなのに。喉からはどろりと赤くなっている。俺に駆け寄ったのは良いが、どうしていいのかわからずに焦る神威が可笑しくて。 喉元に深く、根元まで刺さった剣はしだいに俺の体温を奪い、意識を遠のかせる。 霞む視界に、最期の最期まで神威を映そう。そうすれば俺は何処へでも行ける。 感覚のない身体は動かせなかった。 だからもう、神威を抱きしめることもできない。神威を確かめることもできない。 神威を愛することもできない。 けれど、 君を傷つけることはもう、ないから。 二人で共に幸せになることはできない。 これは生まれたときから決められていた運命。 そして、神威が幸せになることが―――俺の願い。 さよなら、さよなら。 俺の愛するひと。 さよなら。 end. "私は貴方の為に生きて、貴方の為に死ぬ" |