短編

伝える指先
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少し気持ちを落ち着かせて、ようやくレジに足を向ける。
店員さんがいない。

「…ああ、いちごの人」

振り向けたのと同時に声がした。
デザートコーナーの品だしをしてたのか、長身の店員が僕の方に歩いて来た。
ぺこりとお辞儀をする僕を一瞥し、会計に回り込む。
ペットボトル2本と…ちょこんと置いたいちご味のゼリー。
それらを慣れた手つきでさばく彼を、ぼんやり眺めた。

…いちごのひと。

長身で、鋭い大きな目のはっきりした顔立ち。
ほとんど笑わないけど、仕事ぶりは驚くほど真面目で手際よい。
そんなコンビニ店員の彼は、吉田さんという。
そして深夜の常連の僕をいちごのひと、と呼ぶ。
もちろん、理由は僕が、いつもいちご味の食べ物を決まって買うからだ。

「486円です」
「はい」

財布からお金を出しながら、思わず笑ってしまう。
不思議そうな目をした吉田さんは、怒ってるみたいに見える。
でも、こういう人なのだ。

「ごめんなさい、だっていちごのひと…って」
「…ぴったりだから」
「もう何回も名前言ってるのに」

困ったように笑うと、吉田さんはふん、と笑い返してきた。
そんな彼に500円を渡す。
お釣りを受け取る。
いつも思うけれど、吉田さんは、丁寧にしっかりと渡す。
この瞬間が一番、彼の接客意識の高さを感じる。
そして、一瞬触れる吉田さんの指はいつも温かい。

「ありがとうございました」

深夜のこの時間、お客さんは少ない。
今日みたいに誰もいない時には、さっきみたいな短いやり取りをする。
微かな吉田さんの体温を手の平にもらって、いつも店を後にするのだ。



『こっち持っていけば』

はじめて業務以外の言葉をかけられたのは、半年前。
今日と全く同じパターンでコンビニに出向き、頼まれたお弁当を購入した後。
会計直後に僕は、袋こど落下させてしまった。
無惨に中身が寄ったお弁当に途方にくれるほど、あの日もやっぱり精神的に参っていて。
とぼとぼと店を出て歩き始めた時に、声をかけてくれたのが吉田さんだった。

『自分用に同じの買ってたから、交換しようか』

少し不機嫌そうな顔のまま、そう言って袋を差し出してきた。

『え、あの悪いです、だいじょうぶ…』
『ツレの分なんだろ』
『え…』

半ば強引に袋を交換すると、彼は店に戻って行った。
その日から、行きつけのコンビニ店員さんは吉田さんという認識に変わった。




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