短編

伝える指先
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お腹がすいたとき
喉が乾いたとき
待ち合わせしたいとき
何でも揃う場所。
本当に便利な時代になったなぁ…って思うよ。

でも、こればっかりはどうにもできないよね。

心の傷を治すモノはここにはない。
それはわかってるけど、今の僕にはここしかないんだ。
泣きたくても泣かずにいられる場所。
ぐらぐらのぎりぎりの僕を、何とか持ち直させてくれる。
…笑顔で、彼の元に帰れる為の休息の場所。

すぐ近くのコンビニは、僕にとってはほんの少しの光、避難所。
そう、あの頃の僕には、救いだった。


伝える指先


「いらっしゃいませ」

深夜2時過ぎといいうだけあって、しんとした店内で静かな声に迎え入れられる。
僕は今の顔を見られないように、足早に飲み物のコーナーに向かう。
たぶん今の僕は、ひどい顔をしている。
短い距離とはいえ、冷えてしまった身体。
水色のダッフルコートのポケットに両手を入れて、ぼんやり立ち尽くした。
何を買っていこう。
彼は、何を買っていったら機嫌を直してくれるかな。
そう思いを巡らせながら、飲み物を見渡す。

透明ガラスの自分と目があった。
ああ、やっぱりひどい顔してる。


『気づいてたんだろ…白々しい』

投げつけられた言葉に、何て答えたか覚えてない。
確かに白々しいってわかってた。
でも、どう言えばよかったの?

行った覚えのないコンサートの話。
僕とじゃなく、誰かとの思い出を楽しげに話されて。
問いただす勇気なんてなかった。
だから、笑って相槌を打つしかなかった。
会話の途中で気づいた彼の、罪悪感と蔑みの混じった顔が、何度も頭に浮かぶ。
そうして舌打ちをして、彼は冷たく言ったのだ。



「…あ」

カルピスの限定味だ。
俊弘は意外にも甘いジュースが好きだ。
僕はペットボトルを手にとる。

彼は普段、言葉遣いが悪い。
だけど時々優しい言葉をくれた。
好きな物を前にすると、子供みたいに笑う。
何より、臆病で思った事をうまく言えない僕を好きだと言ってくれた。

『変わる必要なんかないだろ。俺も駄目なとこなんてあるしな』

あの頃は優しい目をしていた気がする。
不器用に笑う俊弘が好きだった。
全部受け止めてくれる人…だから、僕も受け止めようと努力する。
短気なところ、嘘をつく時の癖。
僕1人を愛せないところ…




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