RUN!

season3
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「高見さん、締め替わりますか」

覗き込まれて、俺は顔をあげた。

「…なんで?」
「なんでって…気付いてないんすか」

1つ下の大学生、畑中(ハタナカ)君は呆れたように俺を見た。
現在、日付が変わる30分前。
俺はコンビニのレジ前にいた。
交代前の最後の締めとして、お金を集計しなくてはいけなかった。

「なんか今日、変でしたよ。具合悪いんすか?」

茶髪でイケメンな畑中君は、その容姿と言動から少し軽薄にも見える。
だけど実際は仕事っぷりも、こんな気配りもできるいい子だ。
彼とはシフトがほとんど同じで、ペアみたいになっている。

「いやごめん、大丈夫だから」
「そうですか?じゃ俺最後の品出ししてきます」
「あ、よろしく」

飲料コーナーの裏側へと向かう畑中君の背中を見送り、俺は身を引き締めて計算を再開する。
深夜帯に入る時間だからか、店内には客がいなかった。
アパートに近いこのコンビニで働いて、半年が経つ。
接客と単純作業を併せ持つ仕事内容は俺に合っているのか、楽しかった。

だけど今日の仕事ぶりは確かに最悪だった。
思い出して、また手が止まる。


『お久しぶりですね、高見先輩』

1年の空間は、牧を大人びた雰囲気に変えていた

少し伸びた黒髪。
たたずまいは、高校生の余韻をすっかり置いてきてしまったようだった。

それでいて、穏やかな声と真っ直ぐ見つめてくる瞳は変わらない。

立ち尽くすしかなかった。

予想外の再会。

夢にまで見た人間を前に、俺の思考は真っ白だった。
ふわふわ宙にいるような、不思議な感覚。
…要するに状況も立場も忘れて、浮わついてしまっていたのだ。
もちろんその後すぐに、手痛い『現実』を叩き付けられたのだけど。


そんな1日だったから、そりゃまともに作業できるはずもなくて。
そんな俺を笑うように10円玉が指からこぼれ落ち、高い音をたてて床に転がっていく。

「あーぁ…」

俺は、幾度めかの深い溜め息をついた。



春の夜を歩く。

4月に入って、一層暖かくなった。
厚着のアウターが必要なくなった分だけ、身軽さを感じさせる。
漂うような、ゆったりした空気が心地いい。
真っ直ぐの道路沿いの、アパートまでの15分。
家までの帰り道を、散歩気分で歩くのが好きだった。
外灯が心ばかりにぽつぽつあるだけだが、男の身としては危機感ない暗がりだ。




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