お題

信じない
6ページ/9ページ



自分が悩んでたのをよそに、純也は新しい人に手を出していた。
そしてそのまま東京にトンズラか。
おかしな笑みを浮かべてしまう。
なんて男と付き合ってきたんだろう。
そもそも、付き合っていたのかも疑わしい。
浮気相手に俺が本命だと言い張るあいつを、いつの間にか信じていたんだ。
きれいなものが俺達の間には生まれてるのかも、なんて期待してた。
クールに振る舞いながらも俺は、心地いい体温と時折見せる優しさに騙されてたみたいだ。
身体と気怠い時間を共有した2人には、こんな結末が待ってるだけなのに。

情けなくて、涙も出ない。



その日は携帯に何度も電話が来たが、死んでも出ないと決めて携帯をオフにし、ひたすら部屋にこもった。
次の日入ってたバイトも休んだ。
初めてズル休みした事に、少し罪悪感を感じる自分に苦笑した。
この分じゃこのままどうせ、辞める事になるだろう。
あいつにはもう死んでも会いたくなかった。
そんな心境も、引きこもって3日目には揺らぎ始めた。
自分の意思の弱さに腹が立つ。
4日目、とうとう電源をオンにした。
意思とは反対にそうしてしまった。
音信不通で終わらせてたまるか。
だんだんそんな気分になってきたのだ。
今まで俺が見て来た浮気相手の彼、彼女らのように、失態を演じて終わらせてやる。
最後まで見苦しく、生々しいのが俺とあいつには似合ってる。
決断すると、そこからの動きは素早かった。
さっきまで霧がかかった部屋にいたようなぼんやりした感覚が、はっきりしたものになっていく。
携帯を純也の番号に表示させ、発信ボタンを迷いなく押した。

『やっとかけてきたか』

純也の自信ありげな声が想像つく。
何度目かの発信音の後、ようやく出た。

『はい』

予想は外れ、その声は俺が聞き慣れた、低くて強い純也のものではなかった。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ