短編5

□少年暗殺計画
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嗅いだこともない薬品の匂いを目覚ましに、スクアーロはうっすらと重い瞼を開けた。最後に印象のあった黒い景色はどこかへ行ってしまったらしい。今はただ真っ白な視界に彼は包まれている。

「あ、起きた」

「…」

左耳から届いた高い声に、スクアーロはぴくりと片眉を動かす。すぐ側にあった見知らぬ気配に跳び起きたいのは山々であったが、いかんせん、彼は左腕に走った激痛にただうめき声をあげることしか出来ない。

やがて、その痛みに歪ませていた顔を、ゆっくりとスクアーロ動かした。

「…お前、誰だぁ」

「えー秘密」

と言って名乗ろうとしない女が横たわるのは真っ白なベッドである。
そしてまたスクアーロも同じように並べられたそれに寝かせられていて。彼は自分がいま病院らしき場所にいるのがわかった。

「…」

「あ、安心して。ここにはボンゴレの関係者しか居ないから…斯くいう私もボンゴレの幹部なの。今は訳あってこんなんだけど」

「…」

ぺらぺらと身の上を話す彼女を、スクアーロは黙って一瞥する。一体どこのファミリーとの抗争で怪我をしたというのか、全身包帯だらけで、その真っ白な身体は周りの景色と一体化してしまっている。その中で、胸部だけが僅かに赤く染まり、血が滲み出ていた。

「…で、少年。君はどうしてここに?」

「これだぁ」

と、身を乗り出して尋ねてくる女に、スクアーロは寸足らずな左腕を挙げた。数日前には間違いなく右と同じように生えていたというのに、今では実に綺麗に切断されている。

「うわ、痛そう…どこの巨漢にやられたの?」

「…自分で切り落とした」

「え、」

スクアーロが左腕の喪失感に眉根を寄せていると、女は彼の知らないところで目を張って固まった。

「う"お"ぉい…何で急に黙るんだぁ?自分から聞いてきたくせに」

「…ん?ああ、」

女はハッとしてスクアーロの声に反応したが、それでもやはり失われた左腕が気になるようで、依然として視線はそちらにある。

「ねぇ君…自分で切り落としたって言ったよね?何でそんなことしたの?」

「…別に」

スクアーロはぷいと顔を背け、しかし話すことには拒絶しないのか、すぐあとに補足を行った。

「オレはある最強剣士と闘った…自分で腕を落としたのは左腕を持たないそいつの技を理解するためだぁ」

「…」

それを聞いた女は黙っている。どこか複雑な表情をして、スクアーロが自分を見ていないのを良いことに眉間へシワを寄せた。

「…で、テメェは?」

「ん?」

「せっかくオレが話してやったんだぜぇ?テメェも何か話せ。暇で仕方ねぇ」

と、こちらを向いたスクアーロ。もう腕の痛みは女が思うほど辛くはないのか、少年は不敵な笑みを作っている。

「うわー何か偉そう!言っとくけど、私の方が年上なんだからね、餓鬼」

「あーはいはい。そりゃ悪かったなぁ、年増」

「ちょ、そんなに年取ってな…」

と素早い反応をみせるのだが、それが胸部の怪我に響いて、彼女は小さくうめき声をあげて脱力したように仰向けに倒れた。

「いたた…何すんのー」

「いや何もしてねぇよ。テメェが勝手に動いて勝手にバテたんだろうがぁ…」

「辛辣…!」

長い息を天井に向かって吐いた後、女はくしゃ、と髪を掻き上げ笑った。

「うん、まあ…私が悪いんだけど」

「…」

「初めてかもしれないな、こんな大怪我するの」

ぼんやりと真っ白な視界を見渡す女は、ふと笑うのをやめ、急に陰が差したように重苦しい雰囲気を醸す。

「確かテメェ…ボンゴレの幹部って言ったよなぁ?その怪我も何かの抗争で負ったもんだろ」

「まあねー…結構重要な仕事だった。大人数で遂行して、何とか成功したけど。私はこの有り様だし、同僚はもっと酷い怪我を…あ、見たかったら隣の病室覗いてみて。ミイラ男がいたら彼だから」

「…」

スクアーロはおかしいと感じた。確かに大怪我をしたのは辛いが、それだけの理由でこのように陰欝な空気を漂わすのか。彼にはそうは思えない。

「…」

「…」

その日、ふたりの会話はそこで途絶えてしまった。互いにカーテンを閉め切って自分だけの空間を作り、寝るまでは好きなことをして時間を潰した。
ただ、スクアーロが目を閉じる少し前、彼は僅かな声を耳にした。隣のベッドからだ。それが泣き声なのか痛みに耐えるうめき声なのかは、一切不明である。



「あーあ、良い天気だね」

翌日、朝。太陽の光は明るく病室を照らし、相変わらず一歩も動けない二人を暖かな匂いが包んだ。

「あーあ、良い天気だね」

「二回目だぁ」

「おかしいよね、こんな良い天気なのに誰ひとり見舞いに来やしないんだから」

「…」

「君は?君もボンゴレの人間でしょ、誰も見舞いに来てくれないわけ。うっわ、寂しいね!」

「ほっとけぇ」

自分も既にボンゴレファミリーに入っているのだろうか。ある剣士を死闘の末倒したのだから、恐らくはその時点でそうなのだろう。だとしても、あの御曹司が自分を見舞いに来るということはなさそうである。スクアーロは数秒の間でそんなことを思った。

「テメェはどうなんだぁ?心配して来てくれるダチの一人も居ねぇのかよ」

「…」

「…」

「…グスッ」

「図星か」

濡れてもいない乾いた目をこすりながら、女はぽつりと言った。

「そりゃ私に友達といえる人間は少ないけど、数日前までは居たんだよ?長年苦楽を共にした大親友が」

「今は居ねぇのか」

「うん、死んじゃった」

まるで笑い話のようにして口角を持ち上げる彼女は、撃たれたという左胸をさすりながら続ける。

「すっごい強くて格好良い奴だったの。私も親友として自慢だったんだけど…けど数日前、殺された。それもアイツより何歳も年下の子供にね…」

「…」

「ま、こんな稼業だから仕方ないんだけど、それでもアイツの死が許せなくて、アイツを葬った餓鬼が許せなくて…」

「復讐、したのかぁ?」

スクアーロがゆっくりそう尋ねるも、彼女は首を縦にも横にも振ることはなく、ただ肩をすぼめて苦笑うだけだった。

「残念ながら未遂。っていうかこの身体じゃ銃も握れないんだった。アハハ、どう、傑作でしょ?」

「う"お"ぉい…あんま笑えねぇぞぉ」

「あれ、そう?」

決して笑い飛ばせるような内容ではないというのに、彼女は酷く陽気に笑う。それが作り笑いであることくらい、とっくに知れている

「その怪我が治ったら、いくらでも仇は討てるじゃねぇかぁ…」

「…いや、もう良い。相手は私より強いアイツに勝った人間だよ?それなのにどうやって…」

「…」

「あーあ、なんか辛気臭い話になっちゃったね。ごめんごめん!」

と、女は突然大声を出し、そしてカーテンを閉めスクアーロとの境を作った。

「う"お"ぉい、急に何だぁまだ朝だぞぉ!?」

「うるさーい。朝だろうと私は寝るの。昨日なかなか眠れなかったんだよね。だから起こさないでよ」

「…」

返答がない少年。一度は閉めたカーテンを、彼女はスクアーロの顔が見える程度に開く。ふたりの瞳はぶつかった。

「…何だよ」

「いいや、何でも」

「…」

ふざけた笑みから、女は刹那、悲しげな表情を浮かべスクアーロに告げた。

「じゃあね、おやすみ。スペルビ・スクアーロ君」

「!」

その後すぐカーテンは再び閉められた。今度こそ完全に隔てられた訳だが、スクアーロとしては彼女に聞きたくて堪らないことがある

「何でオレの名前…」

そしてスクアーロと彼女の会話はそれきり二度と交わされることはなかった。
一週間後、医師からの許可がおりた彼はようやくベッドから出ることが出来たのである。そしてこのまま、スクアーロは晴れて暗殺部隊ヴァリアーの幹部に。彼が剣帝テュールを倒したという驚くべきことは、既にボンゴレ内問わず巷でも有名になりつつあった。



数日後のことである。ふとあの変わった女の存在を思い出したスクアーロは、自分が寝ていた病室へと足を運んだ。今もまだ居るかもしれない。そして見舞い人を待っているのかもしれない。自分が初めてのそれになってやろうと、彼は少し鼻が高かった。

「!?」

ところが、扉を開けて中へ入ると、おかしなことに、彼女が寝ていたベッドには別の知らない男が居た。お陰でスクアーロはその男の前で何とも間抜けな面を晒してしまうことに。

「う"お"ぉい…ここに居た女はどうしたんだぁ?」

「女?」

尋ねられた男は一瞬わからないとでも言うような顔をしたが、すぐに手の平を叩いて相槌を繰り出した。

「ああ、アイツな。何だ、お前知り合いだったのか」

「いや、そういう訳じゃねぇけど…ちょっと」

スクアーロが言葉を濁すと男は怪我をしたらしい腹をさすりながら言う。

「実は…」



話によれば、女は早々に退院した訳でもなく、他の病室に移った訳でもなく。ただ、最期までベッドから出ることはなかったのだという。だが、スクアーロが驚くべきことはまだあった。

彼女の言っていた大親友があの剣帝テュールだと知ったのは、そのすぐ後である





少年暗殺計画
(殺されるのは、僕だった)





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はい、よくわからんお話でしたね。お付き合い頂きありがとうございました。

H21/3/23(月)ツブテ

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