銀魂

□短:秋の空
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―金木犀の香る日に―

秋の気配が強まってきた、長月の頃。
町には強い花の香りが漂っていた。
至る所で橙色の小さな花を付けた木が、甘い香りを放っている。
「好い香りだなァ・・・」
呟く男はお気に入りの煙管を口元から離し、紫煙をゆるりと吐き出した。
秋の空気は冷たく、清々しい。
その空気に吐き出された紫煙は、暫し未練がましくも形を残していたが、霧散した。
ふぅ、と一つ溜息を吐いた男は、煙管を咥えゴロリと屋根の上に横になった。
左腕を枕にし、右目で何処までも高い空をぼんやりと見つめている。
真白な包帯に覆われている左目には、何が見えているのだろう。
座ったまま彼に倣って空を見上げれば、鳶だろうか、大きな鳥が空をゆっくりと旋回していた。
「空に、雲と鳥しか見えねェのも、珍しいなァ・・・」
紫煙をゆっくりと吐き出した彼は、感慨深そうに呟いた。
千切れた雲が、所々ゆったりと流れていく。
「そうだな。」
一言ぼそりと返すと、彼は満足したのかふん、と小さく鼻で笑った。
ひゅう、と強い風が吹き抜けると、束の間花の香りが強くなる。
「金木犀か・・・どうりで、良い香りがすると思った。」
隣に寝転んでいる男は、ゆっくりと目を閉じてすう、と大きく息を吸う。
それに倣って同じようにすれば、甘い香りが鼻腔を満たしていった。
息を吐きながら目を開けば、空には巨大な船が現れていた。
天人が乗っているのであろうその船を見て、彼はあからさまに眉間に皺を寄せた。
不機嫌そうなその顔は、苦虫を噛み潰して更に飲み込んでしまったかのようだ。
「アイツ等は・・・折角の空を汚しやがる。
空は何処までも青い方が好い。太陽と雲と、鳥がいりゃそれで良い。
夜になりゃ月と星が彩るんだ、あんな船なんざァいらねェんだよ。」
起き上がりながら燃え尽きた煙管の灰を屋根瓦にトントンと落とし、低い声で呟いた。
ひゅう、とまた一際強い風が吹き抜ける。
と、橙の小さな花が、ふわりと一つ、屋根に落ちた。
「嗚呼、勿体無ェ。」
小さなその花をそっと手に取り、愛しげに眺めながら呟く。
この男は、いつも思った事を素直に、真直ぐに口にする。
思っていないことは言わない。
それはとても居心地が良くて。
嘘や欺瞞、疑心暗鬼に包まれ混沌としたこの時代も、
まだまだ捨てたもんじゃないと思える程に心地良くなるのだ。
「人の夢と書いて儚い、とは良く言ったもんだ。なァ、桂。」
掌から視線を外すことなく、含みの有る言い方をする。
「全ての夢が儚くなど、無い。そうだろう、高杉。」
視線は空をのんびりと進んでゆく船を追いながら、殊更大きな声で言う。
ククッ、と低く笑いながら「そうだなァ」とだけ呟いた。
片膝を立てて、掌からふう、と花を吹き飛ばした。
吹かれた花は、丁度吹いて来た風に乗って高く舞い上がり、
やがて地に落ちたのか空に上ったのか見えなくなってしまった。
続きを促すような視線を感じ、やれやれと首を左右に振ってから口を開く。
「俺の夢も、お前の夢も、何れは叶う。互いに道も、手段も、思想も違えど・・・
我々は同志だ。時には衝突することもあろう。
しかし、根本で想う事は同じはずだ。・・・違うか、高杉?」
視線を隣に向ければ、先程までの不機嫌な様子は何処へやら。
ご満悦な様子で空を見上げ、煙管を咥えていた。
何処までも何処までも青い空。
今はまだ、そこに無くても良い物が優々と空を横切っているが。
何れは、全て元通りにしてみせよう。
それが我々の・・・「侍」の意思だったはずなのだから。

迎合する事無かれ。
甘んずる事無かれ。
妥協する事無かれ。
諦める事無かれ。

また何時の年かの金木犀の香る日に、
何処までも続く青い空を共に見ようじゃないか。

なあ、友人達よ。

☆E N D☆
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