銀魂

□短:修羅の道
1ページ/2ページ

紅い、紅い、世界に僅か。
残されたのは、悲しみの声・・・・




―血―



血が飛び、首が飛び、そして理性が飛んでいく。

理性も何も、全てが紅い世界に飲み込まれていく。



それが彼らが生きる道。



「総悟っ・・・もっとしっかり叩ッ斬れ!!」

夕焼けのせいか、深い赤に染められた大地。

そこは以前、平和で綺麗な屋敷だった。かつては人のよい大名が住んでいた屋敷。

今は、その主はこの世にはいない。

そこに響くのは、怒声と罵声、そして悲鳴。

悲鳴が響くたびに、紅い飛沫がそこかしこで吹き上がる。

「っ・・・土方さんこそ、ちゃんとやりなせェっ!」

互いに背を向けて、土方と沖田は敵と向き合っていた。

多勢に無勢とはこのことか。敵はまだ五十はいるのに対し、真選組は十数しかいなかった。

その真っ只中で、土方と沖田は敵に囲まれながらも奮闘していた。



自分の背中は、相手が守る。相手の背中は、自分が守る。



二人の鬼神が多くの敵を屠っていくにつれ、彼らの周りは地獄へと様相を変えていく。

あれだけ綺麗だった屋敷が、今ではもう閻魔の足元のように荒れ果てていた。

この戦いが始まったのは、僅か二時間前ほどのことだ。

たった二時間の間に、襖は割られ畳は血に赤く染まり、庭は深紅へと変わっていた。

敵も、味方も、多くの命が儚く消えていった。だがそれも仕方が無いこと。

相手は攘夷浪士の中でも、喧嘩っ早く過激な一派。

桂達とは別の組なのだが、人数は負けず劣らず多い集団だった。

いや、今では桂達よりも遥かに人数は多かった。それだけ強大な敵。

そもそも、真選組がこの屋敷に来たのは、攘夷浪士に狙われた大名が助けを求めたからだ。

その大名は非常に人情に厚く、天人に支配され誰一人として頭を上げることの出来ない大名達の中において、
唯一、天人に敵対していた男だった。

『江戸は、侍の国だ。他所者にはくれられぬ』

彼はよくそう言っていたものだ。だが、攘夷浪士にとっては敵だったようだ。
謂れの無い殺しを擦り付けられ、攘夷浪士達の標的になってしまった。
そんな男を助ける為に、真選組はその護衛を引き受けたのだった。



だが、それも無駄だった。



正面から乗り込んできた浪士に気を取られているうちに、見事に命を奪われた。
呆気ない最後だった。
近藤が気付き刀を抜いた時には、もう血を吹き散らしながら倒れていた。

すぐさまその浪士を斬り捨て駆け寄ったが、すでに息はなかった。
それから今に至るまで、全員が奮闘していた。
皆が皆、必死に敵を斬り捨てていったが、同時に多くの仲間も消えていった。

「山崎っ・・・後ろ!!」

土方の声が響き、目の前の敵の首を刈った山崎が、慌てて振り返る。
そこには、血走った目の大男が巨大な斧を振りかざして笑っていた。

やられるっ・・・!

山崎は咄嗟に目を閉じ、両腕を顔の前に上げて防御体勢をとった。

そんなことは無駄だと分かっていたが、本能的にそうしてしまったのだ。

あぁ死ぬのか、などと思いつつ、襲い来る筈の痛みと衝撃を待った。

キィンッ・・・・!

だが、山崎の身に、予想した痛みも衝撃も、一切降りかかりはしなかった。
金属同士が擦れあう、不快な音があたりを一瞬だけ支配する。
恐る恐る目を開けてみれば、見慣れた大きな背中と、さっぱりした黒い髪。

「きょ・・・局長!」

山崎が見上げてみれば、振り下ろされた大斧は、近藤の持つ刀と激しい押し合いをしていた。
「や・・・まざきッ・・・大丈夫かっ・・・?」
ギリギリと激しい押し合いが続く中、近藤は苦しげにそう言った。
「は・・・はいっ!」
今にも泣き出しそうな顔をした山崎は、必死にそう答えた。

助けねば。自分を救ってくれた、この人を。

そう思った次の瞬間には、監察の仕事のうちに身についていた俊敏さを活かし、
大斧を握り気味の悪い笑みを浮かべる男の背後に回り、後頭部を斬り付けていた。
「が・・・・はっ・・・・・!」
苦しげに呻いた男は、鈍い音を立てて地面に倒れ伏す。
近藤はホッとしたように笑みを浮かべたが、すぐさま表情を引き締め、
山崎の黒髪に包まれた頭をワシワシと軽く撫で、また敵の中へと戻っていった。
山崎はその温もりに泣き出しそうになりながら、同じように戦いへと身を投じた。


「総悟っ伏せろ!」
土方が叫ぶ。それに反応した沖田は、素早く身を屈める。
その下げられた頭のすぐ上を、血に濡れた土方の刀が駆け抜ける。
「ぐぁっ・・・・!」
潰された蛙のような悲鳴を上げて、沖田に襲いかかろうとしていた男が倒れた。
沖田は屈んだ反動を利用して素早く他の敵との間合いをつめ、一瞬で心臓を突く。
血がかかるのを気にせずに愛刀を引き抜き、そのまま背後の男を斬り付ける。
「土方さんっ!危ねぇっ・・・!」
振り返りざまに見えたのは、土方の背後で刀を振り上げる男の勝ち誇った笑み。
蒼くなる沖田をよそに、土方は小さく笑みを浮かべて愛刀を後ろへと突き出した。
刀を振り上げていた男の顔が、驚愕と痛みにゆがむ。
土方の放った刺突は、狙い違わず男の胸を貫いていた。
鈍い音と濡れた音を同時に立てながら、男は地に沈む。
「総悟、あと少しだ。気張っていけよ!」
「土方さんこそ、死んだりしたら許しませんぜィ?」
ゆっくりと背を合わせた土方と沖田は、眼前に立ち塞がる、幾分減った浪士達を見つめて、不敵な笑みを浮かべた。
その笑みは、血に濡れた鬼神の様な壮絶な美しさだった。

「それじゃあ、終わらせるぞ!」

「分かってまさァ!!」

そう叫ぶと、美しき鬼神達は紅く染まった刀を振りかざして、敵に向かっていった―・・・・





どれくらい時間が経ったか分からないが、土方と沖田が我にかえった時。
その地に残っていたのは、土方と沖田に座り込む山崎、そして数人の隊士だけだった。
生き残った隊士たちが、揃って山崎の元へと集まっていた。
「「山崎っ!」」
二人が駆け寄ると、山崎が振り返った。
血に濡れた頬を、透明な涙が伝っていた。
「山・・・崎・・・・・?」
呆然とする二人の視線の先には、見慣れた姿が横たわっていた。
「ウソだろ・・・?」
土方はただ立ち尽くして、疲れきったように横たわる上司を見つめるだけ。
「近藤さんに限って、そんな・・・。」
沖田は力なく近藤の脇に膝をついて、涙を流すだけだった。
そんな二人に、山崎は近藤の死に様を告げた。
近藤は山崎を救った後、敵の真っ只中に突っ込んで行った。
そこで全力で奮闘したものの、八人もの浪士に囲まれてしまい、
山崎達の助けも間に合わず殺されたらしい。
もちろん、近藤の仇である浪士たちは、駆けつけた山崎達が屠った。
生き残った者達は、己の無力さに・・・慕っていた上司の死に、涙を零した。

深紅の大地に横たわる近藤にいつものような明るい笑顔は無く、
血の気を失った青白い顔が、地面の赤によく映えていた。



次の日―・・・・

雨に濡れる真選組屯所は、癖のある線香の香りに包まれていた。
溢れんばかりの悲しみと、それを上回る憎しみ。

そして己を責める声。

それらが心を占め、ただ涙を流し続けていた。
坊主の唱える念仏と小さな嗚咽だけが、広い屯所の屋敷内に満ちている。
最前列で俯くのは、土方と沖田。
その目の前に、念仏を唱える坊主。

そして所狭しと並べられた、いくつもの棺。

その棺が、前日の激しい戦いの結果だった。
葬儀を終えたあと、全員並んで短い葬列をつくり墓地へと向かう。
埋葬された仲間達にそれぞれ暫しの黙祷を捧げ、いつもの日常へと戻っていった。
屯所に戻った土方達は、感傷に浸る間もなく会議を開いた。

議題は新しい局長を決めること。

始まってすぐに、局長は土方十四朗、と全員一致で決まった。
続いて副長は沖田総悟と、すぐさま決まったのだった。


数日の後、真選組は今まで通りの賑やかさを取り戻した。
無理に忘れようとしている者も、確かにいた。
だがあの日の惨劇は、確実に薄れているのも確かだ。
あの惨劇を二度と起こさない為に、と皆が今までより一層真剣に訓練に励んだ。
もう二度と、仲間を・・・大切な『家族』を亡くしたくない一心で・・・。
だからこそ、彼らは強くなっていく。今までも、そしてこれからも。

二度と、あの悪夢を繰り返さない為だけに・・・・・



紅い、紅い、世界に僅か
残されたのは、悲しみの声

揺らぐ背中、かつての笑顔
今では誰も、見れぬけど

いつか来世で出会えたならば
また同じように、笑って欲しい

それが・・・それだけが
残された者の、切実な願い



END

→あとがき。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ