◆朱の書◆

□第3話:九十九の“想い”と一つの“命”
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「身長185cm、体重65kgっと…………。なんだ?また牛乳か?」

白衣の男性から白い液体が入ったコップを受け取る。


「馬鹿か………。それはバリウムだ。バ・リ・ウ・ム!!レントゲン撮るための造影剤だよ………。」

「放射線なんかあびたら…………。」

「その間にAIの検査をするから大丈夫だ。それに核くらい簡単に無効化できるだろう?」

「それは一体、どんなトンデモロボットだ?」


顔をひきつらせながらバリウムを飲み下していく。



「待たせたな。」


雪浩先生が検査を終えて待ち合わせの喫茶店に入る。


「遅かったね先生。あんまり遅いから特製パフェ五杯も食べちゃった………てへ………。」


私は軽く笑顔で返すが、達兄や先生は顔をひきつらせている…………。


「マスター………、お代は?」


達兄が五本指を雪浩に示した。


「500円?」


あえて、先生はテーブルの上のどんぶりを無視した。達兄が泣きながら首を振る。


「んなわけないでしょ?あの子のだけで5000円よ。あの子のだけでね…………。」

「………………。」


財布の中から一万円札が一枚消えた。

「相変わらず、見事な食いっぷりね。フィオナ。」


声をかけてきたのは、先輩お庭番の木月道瑠さんだった。


「道瑠さん?どうしたんですか?」

「いえ、ちょっと知り合いに会いに来たものだから。」


マスターが道瑠さんの顔を見ると懐かしそうに駆け寄ってきた。


「道瑠?道瑠なの!?久しぶりね!!」

「ほう、“大和の戦女神”と“ヴィクトリー・ドール”のコンビか…………。往年のお庭番時代を思い出すのぅ………。」


なぜか、隣で茶を啜っていたじいさんが目を輝かせて話していた。


「彼女達が出撃する度に、近所のじいさんたちはその可憐で勇ましい姿を拝んだものじゃ…………。」

「はあ…………。」

「でも、マスターが現役ってもう5年以上も前の話だよね?道瑠さんってマスターより年下に……………。」


そこまでいいかけて、場の空気が変わったことに気付いた。


「ちょっと、奥で話でもしよっか。フィオナちゃん。」


マスターは張り付けたような笑顔で話し掛けた。


「えっと、達兄?」


達兄は雪浩先生と何を注文するか相談していた。


「道瑠さん………。」


道瑠さんはおじいさんと現役時代の思い出話に花を咲かせていた。


「…………。」


私は悟った。ああ、ここで“ゲームセット”だ………と。


「ご…………ごめんなさ〜い!!」

達也視点


「いやあぁぁぁ!!!!」
「………………。」


虚しい悲鳴が店の奥に消えていった。


「…………。し………しかし、道瑠さんの見た目が10代前半なのは気になりますね。」


フィオナの座っていた椅子の上に“フィナちゃん人形”をフィオナの代わりに置いて、会話を続ける。
すまん、フィオナ……骨は拾ってやる………。


「わ……私まだ死んで………いやあぁぁぁ!!」


何か聞こえたがスルーする。


「ん…………。ま…まあ、そうだな………。」


なぜか、雪浩先生から汗が大量に出ていたが、空調が悪いせいだろう……多分。


「そう言えば、先生は道瑠さんと知り合いだったけど…………。何か知ってる?」


多分、道瑠さんには例によって“特殊な事情”があるのだろう。普通の少女なら隠すことなんて何もないのだ。


「お待たせ。」


フィオナの粛清………もとい、大事な話を終えたマスターがとびっきりの笑顔で戻ってきた。


「(一体、フィオナに何をしたんだ?)」


後方でガクガク怯えているフィオナを見て、冷や汗が流れるのを感じた。


「ん?おばあちゃんか…………。もしもし…………。」


道瑠さんの携帯が鳴った。


「うん、分かった。まあ無駄だと思うよ?」


そう言うと道瑠さんは携帯を切った。


「どうした?」

「悪いわね。どうも、“家”の用事が早く繰り上がりそうで、帰らなくちゃいけなくなったわ。」

道瑠さんの顔はとても残念そうだった。


「雪浩先生。すみませんが…………。」
「分かった。俺も同行しよう。気にするな。ついでに“じいさん”の見舞いもしたいからな。」


申し訳無さそうな顔で道瑠さんは雪浩先生に同行を依頼した。


「えっ?雪浩先生と?もしかして………。」
「言っておくが、デートじゃないぞ。」


雪浩先生は凍りつくような笑みでやんわりと否定した。

二人があわただしく出ていった後、マスターと私達が取り残されていた。


「…………。ねえ、達兄…………。」
「なんだ?フィオナ…………。」
「もしかして、“今回の私達の出番”ってこれだけ?」


それを聞いた達兄が烈火の如く怒り出した!!


「言うな!!意味は分からんが、それだけは絶対に言うな!!」


一方のマスターは冷や汗を流していた。


「なにかしら?“今回”とか“出番”って………?だけどなんだろう?この“気にしたら負け”みたいな空気は………?」
「主人公が出ない作品があったっていい。じゆ……………。」
「はい、そこまで。あんまりやりすぎると本当にシャレにならないわよ?」
「そうだな。」
「そうだね。」


三人はジュースを一口飲んだ。
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