◆朱の書◆

□第0話:遺跡
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桜の枝に蕾がつき始めた頃。
まだ、北風が冷たい3月のはじめ。
私、出石明菜(いずしあきな)は帝都大学の教授室にいた。
コーヒーを飲みながら目の前にいる青年に声を掛けた。


「いよいよ、君も来月から教員なのね。」


彼の名は藤原雪浩……、二年ほど前からここで教員になるため講義を受けていた。


「ええ、今は職場で引き継ぎ作業をしています。」
「しかし、いいの?こんな忙しい時期にここにいても?」


実はここは教育学部ではない。考古学部の研究室である。


「大丈夫ですよ。提出書類はある程度終わりましたし、俺には試験勉強は要りませんでしたしね。」


知らない人が聞けばカチンとくる言葉だが、彼は事実を述べているだけだった。


「そう言えば、教員採用試験前日までここに来ていたわね。流石は“ロボット”だわ。」


そう、彼は“ロボット”なのだ。初めて聞いたときは『頭がおかしいのか?』と本気で疑ったものだ。
しかし、成績は間違い無くトップであり、先述の“お庭番教員採用試験”を首席で合格している。


「倍率が非常に高いのに卒業資格習得直後に採用だもね。」


驚きを通り越して呆れるしかなかった。

ガララララ………。


「おや、今日も来ているのかい?」


中に入ってきたのは。


「あっ、教授。」


私の父、出石浩だった。父は私の言葉を聞いた途端、大きくため息をついた。


「公私を混同しない娘に対して少々複雑だよ。」
「素直に“お父さんと呼びなさい”と言えばいいんですよ。教授。」


彼が苦笑しながらタバコをふかした。


「それより教授。先日の遺跡発掘の成果は出ましたか?」
「今、報告書を渡すよ。」


私達は今、古代文明の遺跡発掘調査を行っている。
何故か、その遺跡には凶悪な魔物が巣くっていた。
しかし、目の前にいる青年が協力を申し出て魔物を蹴散らしたのだ。ちなみに、その見返りは………。


「君には“出水博士”に関するデータのコピーだったな。」


父はデータディスクを彼に渡した。


「なぜ、君が“古代文明”のキーマンである“出水博士”を調べているのか知らないが、君のお陰で研究が進んだのも事実だ。
これはその謝礼だと思ってくれ。」


彼はタバコをくわえたままディスクを感慨深そうに受け取った。


「しかし、よく吸うね。私は吸わないが、ロボットである君には味が分かるのかい?」
「味は流石に……。しかし、気分が良くなるんですよ、これが。」


彼は短くなったタバコを消して灰皿に入れる。何故か彼は苦笑していた。


「じゃあ、教授。俺はこれで失礼します。」


彼は一礼して部屋を出ていった。


「教授。これから、講義を行いますので講堂に行ってきます。」


私は一応、准教授の身分で考古学の講義を受け持っていた。



「今日はROPについての講義をします。皆さんは何の略か分かりますか?
ROPとは“ルイン・オブ・パンドラ(禁忌の遺跡)”と呼ばれ、地球の公転軌道上に構築された超巨大建築物の事です。」
「先生、質問です。」


生徒の一人が手を挙げた。


「なんですか?」
「すみません。“公転軌道上に存在している”とはどういう意味ですか?確か、地表にそびえ立つ“塔”だと聞いていますが?」
「そのまんまの意味です。あれはそのまま、太陽の周りを一周して地球の反対側に戻っています。」


質問した生徒のみならず、全ての学生が沈黙した。
私は学生達を無視して用意していたROPと地球の模型を出した。



「何回見てもふざけているとしか言いようがない建築物だ。」


そう言ったのは人工衛星からの写真を見たお父さんだった。

厳密に言えばROPは“地上部”と“軌道部”の二部構成になっている。

“地上部”は上空100kmまで地面と垂直に立てられており、“軌道部”はその名の通り公転軌道上に存在している。
問題はその接合部なのだ。

地球は常に自転しており“地上部”も常に動いる状態である。


「もちろん、自転軸は“地上部”じゃないわよ。」


自転軸のある箇所はその性質上、“極地(北極や南極)”になってしまうからだ。


「要は“倒れかけ”のコマの軸みたいな感じね。」
「それが“軌道部”と接しているんですか?」
「認めたくないけど事実よ。」


いかにその構造が無茶苦茶なのか想像できるだろうか?


「実際、極地の上空100km付近に“軌道部”が展開されているのが3年前に発見されたわ。
宇宙船が月に行けたのは奇跡に近いわね。」

こんな巨大な建造物が最近まで発見されなかったのである。
今考えるととても恐ろしい。



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