理屈じゃない

□何て単調でモノクロの世界
1ページ/2ページ


(Bestehendefinition)





冷たいビル風が吹き荒れる中、物陰を縫うように歩いていた。少し後ろではトグサがぶるぶると、いや、ガタガタと体を震わせながら、それでも後れを取らないようにと懸命に足を動かしている。生身にはこの寒さは応えるだろう、などと思ったがお互い様だ。バトーは気付かれない程度にほんの少しだけ歩くスピードを落としてやった。
暗すぎる空間に、頭の上では星の代わりに悪趣味なネオンがギラギラと輝いていた。カラフルなのにどこか色褪せているように見えるのはバトーの気持ちの問題なのだろうか。深い漆黒の世界はバトーの心に安穏にも似た静寂を与える。そう考えるバトーの目の前をふと遮ったのは、一瞬の白。雪か、と思い眼を凝らせば、桜の花びらだった。

―――そういえば、もう春だったか。

あまりの寒さに忘れていた。場所によってはもう桜が咲き始めているとイシカワが言っていたような気がする。あれは何時だったか。記憶が古いフィルムのようにぶれて良く思い出せなかった。
もう少し暖かくなったら花見にでも行きたいとも思う。満開の桜を、朝から夜まで24時間で監視だ。あまりに平和すぎて途中で飽きるかも知れない。性分なのか、それとも軍で生活していたからなのか、バトーには解らなかった。




「まだなのかよ」




噛み合わない歯を鳴らしてトグサが呻く。バトーはからかうように片頬をあげて後ろを振り返った。トグサは体を縮めていていつもよりもずっと頼りなさそうに見えた。

「あと10分は歩く」
「ダンナはいいよな、感覚切っちまえば寒くないだろ?」
「言ってろ」

バトーはそう言ってまた前を向き黙々と歩き出した。後ろでトグサが溜息をつくのが聞こえたが無視をした。いつもの軽口が、言葉が、出てこなかった。
生身や義体に対する評価は人それぞれだ。その時に応じて評価も変わる。それはバトーも、そしてトグサもよく知っていた。ただの軽口が時にその人の心を抉ることがあることも、よく知っているはずだろうに。

――解らないだろう、この恐怖が。

バトーはうっすらと嘲笑を浮かべた。闇の中に溶けて消えそうなほど深い嘲りの色だということを、きっとバトー本人も意識していないだろう。
確かに便利だ。痛みも寒さも感じない。だが、全身義体となると不安もある。それはバトーだけでなく、あの少佐も抱えている漠然とした不安だ。その正体は煙のようで掴めはしない。
視覚を落として光を消し、聴覚を落として音を消す。感覚を落としてその闇色の無音空間の中に身を委ねることの恐怖が、解るだろうか。何も感じないことの不安が。それだけではない。一体全身義体のこの体に、何パーセントオリジナルが残っていれば人間と名乗れるのか、ゴーストは、それと感じるものは本物なのか。尽きない疑問が溢れては、渦をなしてバトーを呑み込んでいく。
バトーは感覚を切ってみて、また元に戻した。痛いほどの感覚が嬉しかった。そう告げたら、後ろで文句を言っている相棒はどんな顔をするだろうか。考えてみて、また嗤った。







次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ