深海の城

□En avant impression flottante.
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ゆらり、とたゆたう。
重い身体は抗うことも出来ずただゆっくりと落ちてゆく。小さな気泡は上へと上るが、途中で消えた。何と儚い泡沫なのだろう。其所に在ったという証拠さえ残さず音もあげずに消えた泡に、何故か哀愁を感じた。そんな泡とは逆にバトーは静かに落ちていく。深い藍色はそれでもバトーを飲み込みはせず、バトーはその不思議な世界でただ一人だった。

―海、なんだろうか。

上では微かな光が白く煌めいている。多分水面だろう。何かを言おうとして、気泡だけが水面に吸い込まれていった。誰も居ない、魚すらもいない水中。いや、これが水中であるのかすらも解らない。バーチャルの世界に閉じこめられて、現実と混同してしまっているのかも知れない。それを確認しようとして、止めた。何故だかこれも有りだろうと思った。
落ちていく。ゆっくりと、静かに音もなく、深い深い暗闇へ。不思議と恐怖はなかった。







―――――








声が、聞こえた気がした。







「―バトー!」







ごぼりと、初めて水が音を立てた。













意識を浮上させられ現実を捉えれば、其所には怪訝な顔をしたサイトーが立っていた。顔はそのままに部屋の中を探る。どうやら9課のオフィスのようだった。だがこちらがバーチャルだという可能性もある。そう考えて、笑えた。

「どうした、バトー。嫌な夢でも見たか?」

―――夢?
アンダーウォーターの訓練中にだってあんなもんみたことねぇよ。

サイトーの手が子どもをあやすようにバトーの頭を撫でた。バトーはその手を掴んで、生身の手をじっと見詰めた。温かい、作り物の体温ではない本物の熱。でも、この感覚は本物なのだろうか。そんなことを考えるなんて、精神鍛錬が出来てない証拠じゃねぇか。苦く想って、少し強く握ってしまったかも知れない腕を放した。サイトーは少しだけ探るようにバトーを見て、バトーの前に腰を下ろす。ギ、と安物のパイプ椅子が軋んだ。

「バトー」
「子ども扱いすんじゃねぇよ」
「今のお前は子どもみたいだ」
「あぁ?」

声低く唸ったバトーを、サイトーは何のからかいも含まない瞳で見返す。バトーはたじろいた。その強い瞳を知っていた。そう、紅い瞳の女のものに酷似していたのだ。確信を持った、真摯な瞳に。

「見くびるなよ?そんなに短い付き合いでもないだろ?」

にっと口端を上げて見せたサイトーに、バトーは呆気に取られた顔をして、つられたように笑った。それもそうだ。このスナイパーとは、後方を任せても問題ないと確信できるくらいには付き合いが長かった。バトーは大きく息をついて、ソファーの背もたれにもたれ掛かる。

「海の中をただ沈んでた。現実か仮想か、どちらでもいいと思った」
「―……」
「だが…不安だったのかも知れねぇ」
「―そうか」
「こっちが現実だったら、今はそれで良い」

そういったバトーの股を強めに叩いて、サイトーは力強く笑った。


「ならば問題はない。バトー、此処は間違いなく現実だ」


嘘だ、と否定することも出来た。自分がまた都合の良いように夢を見ているのだと思うことも出来た。だがこんなことを考えさせないくらい太い笑みで、バトーはそれをすんなりと信じるほか無かった。
その言葉にどこか救われていたのも、事実だ。




En avant impression flottante.




End.
(即かず、離れず)


サイトーさんとバトーさんが仲の良い子犬みたいにじゃれてるのがすきかも!
やっべー十夜の書くバトーさんは他人に関心がないか弱いかのどっちかですな!(笑




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